以前のポストでお話をしたニセ問題の件。
人はどういう時に恋人というものを求めるのか?
に対して、自分として考察が足りないと思うので、ここで改めて考えてみたい。
人間とは本能的に異性との接点を求めるものである。ここから出発して、ではそれが制約を受けるのはどういうケースかを考えると、結婚して、自分の子供が5歳以下など、すごく小さいとき。こういう場合は、異性がどうのではなく愛情の向け先を子供に集中すべきである。
では、子供が成長した場合はどうか? 一般的にはダメであることには変わらないが、小さい子供の子育てが密度の濃いものであればあるほど、他のことをして、人生の幅を広げたくなるのが自然であり、自分もこれを否定しない。
ただ、この状況をもっと別の観点から見ると、単に本能的に欲しい/欲しくないという問題でもないことに気づく。不倫というのは、倫理に悖るという意味であるから、勢いで付き合うことになった2人もいずれはこの問題にぶち当たる。
最近ではどこまでが不倫かということについていろんな考察も出ているようだが、よほどの極論でない限り、世の中の人たちがやってるのは、アウトのカテゴリに入るし露見して困るのは女性の方であるケースが多いように聞く。
こういうことになってくると、完全に恋愛という範疇からは外れ、本来恋人というものを作ってはいけないとされている人は退場となるわけである。退場という言葉がきついなら、円満な卒業というべきか。
卒業したら、別の人生が待ってる。お互いに付き合ってた日々をたまに思い出しながら、新しいことに取り組んで行くとしようか。
以上が、僕の卒業小論文である。