まぶたがわたしを閉じてから -2ページ目

 


明日は運動会。小学生の私が父と話している。

 



「おとうちゃん、明日ぜったい来てな。」

 



「わかったわかった、行ったるて。お重にお前の好きな、いくらのおにぎり詰めて持って行ったる。せやけど明日は雨ちゃうか?」

 



「ほんだら、てるてるぼうず作ってや!」

 



「よっしゃ、押入れに古いシーツあったやろ、あれ持って来い。お前より大きなてるてるぼうず、こさえたる!」

 



私がシーツを持っていくと、父は声を掛けるまで決してドアを開けないよう、何度も何度も念を押し、自室に入っていった。なぜ途中で部屋に入ったらいけないのか、よく分からなかったが、理由は聞かなかった。



たぶん、何かびっくりさせるような仕掛けを用意しているのだろう。そう思うと、わくわくした。

 



ところが、いつまでたっても、父から声が掛からない。あれからもう2時間も経っている。待ち疲れた私は、そのままソファで寝入ってしまった。

 



ぼーん、ぼーん、と掛時計の音が鳴り、私は目を覚ます。窓から湿っぽい風が吹き込み、カーテンを揺らしている。いまにも雨が降りそうだ。

 



「もう夜中の2時か...あっそうや、てるてるぼうず、できてるかな?」

 



私は父の居室のドアを開けようとするが、重くて動かない。この部屋に鍵はないはずなのに変だな、と力を込めると、今度は音もなくすーっ、と一気に開いた。

 



薄暗い部屋を見渡す。だがそこに父の姿はない。

 



「あれ、おかしいな、どこ行ったんやろ、トイレかな」



振り返る私の腕に何か柔らかいものが触れた。思わずびくっと身をすくめるが、あ、これおとうちゃんの手や、とほっとした次の瞬間...

 



私は狂ったように泣き叫ぶ。

 



白いシーツを頭からすっぽり被った父が、ドアのフックから首を吊っていたのだ。

 



父の首に巻きついているのは、私が学校で使っていた縄跳びである。

 

 

 

       

       


       


       てるてるぼうず てるぼうず

 

       

       あした天気に しておくれ

 

       

       それでも曇って 泣いてたら

 

       

       そなたの首を チョンと切るぞ...

 

 

 





...私は目を覚ました。汗で体が濡れている。

 



そう、これは夢、夢なのだ。悪い夢。

 



そして、自分がなぜこんな夢を見てしまったのか、私はその理由を知っている。

 



昨日の夜、夕飯の買い物を済ませた帰りに、近所の公園で中年の男が首を吊って死んでいるのを目撃してしまったのだ。

 



人目につかないよう、乳白色のゴミ袋を被せられた遺体は、てるてるぼうずみたいにゆらゆらと揺れていた。骨が折れて長く伸びきった首は、いまにも自重に耐え切れずちぎれてしまいそうな、異形の均衡をかろうじて保っている。

 



検分中の捜査員が懐中電灯で照らすたび、半透明の袋に、断末魔の表情がうっすらと浮かんでは消えた。ビニールの内側にへばりついた、茄子のように膨らんだ舌...

 



私は茫然と立ち尽くし、涙を流した。いやなことを思い出したから。

 



「すみません、お身内の方でいらっしゃいますか...?」



私のただならぬ様子を察し、傍に立っていた警察官が声を掛けてきたが、 いえ違います、と短く返事をして、私はその場を離れた。

 



いつの間にか雨が降っていて、家に帰った頃にはびしょ濡れだった。すぐに着替えて寝床にもぐりこむが、体の震えはいつまでも止まない。

 

 

 

 





    猫のぬくもりで誤魔化してしまいたい、全てを。

 



    

    人生を。

 



    

    だが猫はもういない。

 

 

        

       

         


       

       てるてるぼうず てるぼうず

 

       

       あした天気に しておくれ


       

       もしも曇って泣いてたら

 

       

       空をながめてみんな泣こう...








 

        
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