冗談みたいに見た目は元気で初孫と親になった妹を連れて行った小国神社。
まだ思い出に出来なくてひとりふらりと逢いに行く。
お参りじゃなく最後になった写真の場所へ。

お参りじゃないんだ。
願いだけど知りたい事を訊きたいんだ。
最期の顔は穏やかだったけどずっと食べれなかった。眠れなかった。
多分痛かったのかも。
他人の手を煩わせる事を善しとしなくて、立てなくなっても自分の事は自分でやろうとして出来なくて。

もう辛くはないですか?穏やかですか?お腹は空きませんか?食べ物の味は判りますか?もう聞こえない。だから何度も訊ねてしまう。

でも今日はひとりじゃなかった気がしたんだ。
当時は出来たばかりの小川沿いのお茶屋さん。

今は立派になっててちょっとしたイベントも時期でやるようになって。
縁遠くなった初孫の甥や姪と今の同じ位の年頃の子供達と魚捕まえて遊んだり、珍しい緑茶の利き茶をしたり、空いてる店でゆっくり見てたらいつの間にか天然サクラになってて混み合ってするりと帰って。

好きだった和菓子屋あんみつも多分持ってたと思う。一緒だったと思う。
だって、いつも抱えてる大人数の中の孤独感を今日は感じなかった。

大人気ないと呆れながら、笑いながら側で見ていたかも知れない。

自分の地域はお盆は新盆でやるけどあまりそんなに信じてない。
儀礼的な慰めになればと行うけど自分の中ではずっと一緒だか。