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家道_iedo 家は、愛が息づく場所

気持ち新たに再出発した新しい家道をよろしくお願いします。
「暮らしを整えることは、自分を整えること。花、香、祈り、家族、ペットとの時間を大切にしながら『家道』という新しい暮らしの哲学を綴っています。」

今日8月1日

 

20年ぶりにダンス仲間と再会しました。

 

当時はほぼプライベートレッスンなので生徒間同士の交流もたまに顔合わす程度。

 

定期的なお食事会や飲み会などで軽く話したり、挨拶を交わすくらいの関係。

 

 

それが20年経った今、あもちゃんのアニコミ(アニマルコミュニケーション)がきっかけで、

 

またこうして同じテーブルを囲んで笑っていました。

 

彼女の点描画の作品を見た時、私はこの人に描いて欲しい…と直感で思いました。

 

神秘的で繊細でそして緻密な作業。

 

素人の私でも、その一枚にどれほどの時間と集中力、そして愛情が込められているのかが

 

伝わって来ました♪

 

だから私は「彼女にあもちゃんを描いて欲しい」そう直感したのです。

 

これは私の無茶振りでした。

 

彼女はうさぎ愛する点描画家だったからです。

 

ワンコは描かない、描いた事ないからとお断りされてた様です。

 

それを私は描いてもらう前提で💦相当な無茶振りでした💦

 

イベント出展などで忙しい中 時間は経っても構わないので是非是非お願いします🙇‍♂️と

 

私の想い描くあもちゃんギャラリー(祭壇)には彼女の点描画が壁に飾られて完成する…

 

 

私の推しの強さが出てたかと…

 

20年前の私を知っている彼女には、「高いヒールで歩いて、派手な服着て、好きな事

 

言ってる人だと思っていましたよ。」

 

え?「そうやったんやあー」と笑いながら強い女って印象を受けてたんやろなあー…

 

と当時の写真を見返して…ハハハ😂うん、派手やわ💦

 

あの頃の私は、きっと自分らしさを一生懸命に表現していた時代。

 

ダンスを通して、美しさや強さを追いかけ、

 

メイクもファッションも、その世界を楽しんでいました。

 

自分を表現する事に夢中だった。

 

そして少しずつ娘も手を離れ、「第二の人生を思いっきり楽しもうとしていた頃。

 

 

だから私は「私を見て…」の時代を生きていたのかも知れません。

 

今は違います。

 

今は「家を見て。」

「暮らしを見て」

「大切な物を見て。」

 

私自身よりも、

私が大切にしているものを見てもらいたい。

 

そんな生き方に変わりました。

 

人生は変わる。

でも、ご縁は不思議な形でまた巡ってくる。

 

人生って、ご縁で出来ているんやね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何だろう…?と

思う方もおられるでしょう…

第二の人生…ではなく*第二章*

 

最近、ふと気づいたことがあります。

私はこれまで、

「子育てが終わったら自分の人生を愉しむ人生が始まる!」

そんな風に思っていました。でも最近

「第二章」という言葉が心にスッと入ってきたのです。

 

最初は同じような意味だと思い深く考えてませんでした。

 

だけどよく考えたら少し違う気がするのです。

「第二の人生は年齢を重ねれば誰にでも訪れる*節目*のような響きがあります。

子育てが終わる。

仕事を引退する。

時間に余裕が出来る。

そんな人生の流れの中で迎える新しい時間

 

一方で

*「第二章」*は誰にでも自然に始まるものではありません!

自分でページをめくる‥

「ここから新しい物語を描いて行こう」

 

そう決めた人だけが始められる特別な新章‥?

 

私にとってそのページをめくるきっかけになったのは

 

やはり愛犬あもちゃんとの別れでした。

 

あの出来事は私の望んだものではありません。

 

でもその悲しみの中で、あの子の名前を呼び続けたい、

 

アモ-ル:愛を形にして呼び続ける場所が欲しい

 

そして家道iedo_amor

が少しずつ私の居場所になってきたのです。

 

ペットロスで苦しむ人に寄り添いたい。

 

羊毛フェルトをはじめよう…

 

絵本を描きたい。

 

あもぐるみと一緒に色んな景色を見に行こう。

 

そんな新しい想いが少しずつ生まれてきました。

 

だから私は今、

 

「第二の人生を生きている」のではなく

 

「人生の第二章を描いてる」

 

そんな気持ちです。

 

第一章はあもちゃんと過ごした17年間

 

第二章はあもちゃんと共に歩き続けるこれからの物語

 

主人公は変わりません。

 

でも物語はこれからも続きます。

 

私は今日も新しいページを書いてます。

 

 

 

人生には誰にでも第二の人生が訪れるかも知れない。

 

でも第二章は

 

自分でページをめくった人から始まる

 

 

 

私にとって「家道」は暮らしの第二章を、

自分の手で紡ぐ道。

 

その道を、今日もアモ-ルと

共に歩いています♪

 

 

 

 

 

 

 

 

第一話「最愛の子のために出来ること」

 

 

17年共に生きてきた私の愛犬の死

 

4歳を過ぎた頃から、突然吐き気に襲われる発作が始まりました。

 

何の前触れもなく意識が遠のく姿を見るたび、「今度は何処で倒れるんやろ」

 

「私の居ない時に倒れたら?」と不安で胸が締め付けられました。

 

 

突然だから発作時にソファーから転落するかもしれないし、

 

寝てる時にベッドから落ちるかも?

 

それらの不安の対処は早めに解決していきました。

 

ベッドやめてお布団に変更、ソファには留守中は乗らないように

 

自分からソファに乗り上がる子ではないのですが!一応

 

念の為にソファから転落しても安全のためにマットやクッションを敷き詰めるように…笑

 

少々不恰好ですが!💦

 

 

てんかん発作ではなくて、これっていう診断が出来ず不明な時期もあり

 

とにかく対症療法でしかこの子を見守る方法が見つかりませんでした。

 

少しお腹痛そうにしてないか?とか、オシッコをするときの体勢や状態を常に観察して

 

少しでもいつもと違うな?とその感覚だけで行きつけのクリニックに相談しながら

 

とにかく早め早めの処置に意識していました。

 

吐き気にならないように、この子を守るのはいつも食べる物にも注意しないといけないと

 

考えてドックフードの見直しから始めました。

 

アレルギー検査してもらうと小麦粉、卵、乳製品、鶏肉

 

など様々な物に反応することがわかりました。

 

ドックフードが悪いとは言い切れませんが粗悪な物が混在してることも事実です。

 

硬いフードが歯石をつきにくくするメリットも有るしバランスも考えられた

 

良いものもあるでしょうし、全て手作りだから完璧だということもありません!

 

私の出来る事は?「この子の体調のいい状態を維持させる事」

 

 

守れるものは全部守りたい…

 

その一心で私は学び続けました。

 

ペット介護士、漢方、ハーブ、犬ごはん…

 

誰よりも、この子のことを知る。

 

そんな毎日が始まったのです。

 

 

けれど、その頃の私は

 

この先に訪れる本当の別れなどまだまだ先のこと、

 

月日の流れの速さなど想像もしていませんでした。

 

 

 

第二話に続く!

 

 

 

 

 

 

 

美しさは足すことで生まれるのではない

選び、整え、余白を作ることで現れる

 

私が庭を作るのはただ、

創っている時間が好きなだけ…

完成は求めていない

完成とか、その人の感じ方次第

ゴールを目指すといつか終わってしまう

でも創造を楽しむ人には終わりが無い

季節が変われば庭も変わる 花も変わる 自分も変化する

家道とは完成を目指す道ではない

暮らしを創り続ける道である

「完成した…で終わるんじゃなくて また明日小さな何かを創る」

 

映える庭じゃなく、魅せる庭じゃないけど、この小さな庭に

季節の花々を植え、白い石を撒きライトを照らす。日中は爽やかな気持ちになり

夜間はまたイメージが変わって幻想的なイメージが癒してくれる。

今日もお疲れ様、おかえりなさい♪と迎えてくれるよう…

 

綺麗な完成された庭ならお金を払えば簡単に手に入る。

でも時間をかけて悩み、手を動かし、

季節と対話しながら育てた庭はお金では買えない。

 

「この植物はここが気持ちよさそう」

「このライトは夕方ここから照らそう」

「ここは少し余白を残そう」…

 

 

 

家の片付けも同じ、高い収納家具を買うことじゃない、

 

何を残して何を手放すのか?

 

その選択を繰り返した先に、その人だけの空間が生まれる。

 

家道は「余白」を大切にしてます。

 

部屋も物を減らして光が通る

 

心も執着を少しずつ手放して

 

新しい風が入るようにするのです。

 

__家道で伝えたいこと__

 

それは「完成品を持つこと」じゃない

「自分の手で創ること」

 

家道はミニマリストや整理収納とは少し違う

 

美しさとは、選び抜いた跡に宿るものだと思うから

 

家道は、完成を目指す道ではありません。

 

今日も暮らしを慈しみながら

 

創り続ける道です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫉妬は、誰の心にも生まれることがあります。

 

でもその感情は「相手が悪い」と教えているのではなく、「本当は自分もそうなりたい」と

教えてくれる心の声なのかも知れません…

 

だから嫉妬を責めるのではなく、自分の願いに気づくきっかけとして受け止めてみる。

 

その瞬間から誰かと比べる人生でなく自分の人生を歩き始められるのかも知れません。

 

人を評価しないこと・人にはそれぞれ心の癖があるんじゃないかと…

 

若い頃の私は、嫉妬する事が格好悪いと思っていました。

 

付き合っている人にヤキモチを妬くこともありませんでした。

 

少しでも相手の気持ちに不安を感じると、自分から離れる。

 

「この人はタイプじゃなかった。」「誠実な人を期待した私が愚かで見る目が無かっただけ」

 

そう思うことで自分の心を守っていました。

 

当時はそれが強さだと思っていたのです。

 

でも今振り返ると、あれは強かったのではなく

 

傷つくことが怖かった、繊細な私なりの生き方だったのかも知れません。

 

 

 

家を整えることは自分を整えること

 

今日もあなたの家に小さな幸せが育ちますように…

 

___家道iedo ___