
盆休2作目の宝塚。こんなハイペースはもうないでしょう。
芝居にしろミュージカルにしろ映像にしろ、ド定番のロミオ&ジュリエットです。
誰もが知ってるお話ですが、今回の舞台の特色を言えば、原語はフランス語のミュージカルであり、それを日本語に訳して宝塚という女性だけの舞台でやる、という変化球的なものになっています。
素直な感想を言うと、
宝塚の魅力は感じられる、
けど、
あまり完成度が高いようには思えない。
根本的な制作上の問題が舞台で軋みをあげているように見えました。
気がついた点を3つほど。
1つめ、何の故か、使用しているオケがもうひとつ・・・。
これは音を作る人間の感覚ですが、ピットにオケがいながら、録音ものの比重が多く、宝塚劇場の大きさに対してスケールが小さかった。録音ものでもいわゆる生オケの録音ならいいですが、おそらく打ち込み音源で、音色や音の重ねにもこだわりが目立たず、入魂の作に聞こえません。
2つめは、これは宿命的ですが、全員が女性(女声)であるために、音域のレンジが狭くなる。
それでもかなり歌い込みは出来ていて、歌い手の苦労は偲ばれました。ただもともと男女混成のミュージカルですから、原盤の構成では男声ソロに女声アンサンブル、またはその逆、という風に声色で分離させる事で歌詞を聴きやすくしています。宝塚ではそこが活かしきれません。
3つめ、これも宝塚的、といえばそうなのですが、トップを立ててなんぼ(主役の存在がはっきりしている)なので、どうしても脇に行くにしたがって役者の存在感が下がってきます。ミュージカルの場合はナンバーありきで、アンサンブルであっても厳選された人間が入りますから、誰がソロをとってもいいほど。この脇役まで行き渡った粒ぞろい感が、全体の印象に影響を与えます。
これに付随しますが、古くからの有名原作ともなると、現代に舞台化するにあたっては見る側の視線も多様化するでしょう。ぶっちゃければロミオとジュリエットの生き方は誰でも知ってるわけです。だから、主役よりも脇の動きに目が行くようになる。だけど、宝塚のシステムから行けば主役級には(物語を回す役割に過ぎなくなっているとしても)トップがくる。主役をしっかり抑える意味はもちろんあります。でも、脇はもっと大切です。その意味で、ゲストで出演していた乳母役の美穂圭子さん、神父役の英真なおきさんの存在感は大きく見えました。
・・・などと偉そうな事を言いますが、よい意味で宝塚テイストに仕上げられた部分も多く、変化球的な翻案を楽しめる部分はありました。役者の見目麗しさはため息が出ます。衣装の仕上げも良いですし。本来の音楽をもっと利用出来れば、あくまで僕個人の満足度はもっと上がったかなと。
その後Youtubeでフランスオリジナル版を見たのですが、上記が全て解決された猛烈なカッコ良さで、のけぞってしまいましたwオケの量感も充実していて、せめてこのスコアは使ってほしかったなー。。。なんでだろう?
兎にも角にも。
今回の宝塚版ではミスマッチに思えたり、やけに難解に感じる曲調がオリジナルではそうは思えなかったり、それが何故なのか、自分なりの見当もつきまして、大変勉強になりました。