

京都市上京区寺町広小路にある廬山寺(ろざんじ)(大本山廬山寺(廬山天台講寺)
天慶年間(938)、比叡山第十八世座主元三大師良源(慈恵大師)が京都の北、船岡山南麓に開いた興願金剛院にはじまる
紫式部の曾祖父の中納言藤原兼輔(877ー933)から伯父の為頼、父の為時へと伝えられた広い邸宅であった。
それは鴨川の西側の堤防の西に接して営まれていたため「堤邸」と呼ばれ、それに囲んで兼輔は「堤中納言」の名で知られていた。
紫式部は兼輔が建てた「旧い家」で一生の大部分を過ごしたと言われこの邸宅で藤原宣孝との結婚生活を送り、
一人娘の賢子(かたこ)を育て、源氏物語を執筆したのである。宝永5年1708、1788年での焼失後、光格天皇より改装されたものらしい。






