今から5年ほど前のことです。
当時、小さな小さな地方都市に住んでいた私は
週末毎に札幌に出ていました。
ある日、国道275沿いの浦臼町で、一軒の蕎麦屋に入りました。
テレビで紹介されていたのを偶然見ていて
ちょうどお昼時だったので
ふらっと立ち寄っただけの店でした。
冷たい天ぷら蕎麦を頼んだのですが、
牡丹蕎麦を使った手打蕎麦は、
とても蕎麦の香りが高く
弾力と歯ごたえが絶妙。
揚げ立て天ぷらは
衣サクサク、中アツアツ。
その全てをまとめる蕎麦つゆの
だし加減といい、塩加減といい、
これ以上ない極上の味。
自分は蕎麦好きで、こだわりのある方だと思ってましたが
文句のつけようのない逸品に
すぐに虜になってしまいました。
国道275を通る度に寄るようになり
蕎麦を打つご主人とも
少しばかり会話をするようになりました。
先代からお寿司屋を引き継いだものの
蕎麦好きが高じて、手打蕎麦を習い、出すようになったこと。
蕎麦つゆにはかなりこだわっていて
冷たいつゆは完成させたが
今は温かいつゆを研究中で、
京都まで足を運び、納得のいくつゆの作り方を探していること。
など、
聞けば聞くほどご主人の蕎麦に懸ける想いの強さを感じました。
あるとき、
自分達が、小さな地方都市に住んでいて、
いつも、札幌に行く途中に寄っていることを話して
「近所に美味しい蕎麦屋がないんです。」
と言うと、
ご主人は
「○○市なら、□□屋ってお店があるよ!」
と、オススメの手打蕎麦屋を教えてくれました。
その会話をしてから、
しばらくして
冬の路面凍結期間に入り、
運転の苦手な私は、
国道275を通らなくなりました。
美味しい蕎麦が食べたくなったら、
教えられた□□屋に行きました。
「ご主人に教えられた店は確かに美味しいけど、
お客をとられるって思わなかったのかなあ…」
「ホントに蕎麦が好きないい人そうなご主人だもんね…」
なんて話しながら
何度か□□屋に通い、
早く春が来てご主人の店に行けるのを心待ちにしていました。
やっと道路の雪が融け、
ワクワクしながらご主人の店に行ってみると、
「閉店しました」
の貼り紙があり、店は閉まっていました。
後から、□□屋さんに聞いた話では
ご主人は急な病に倒れて、
帰らぬ人となったそうです。
その話を聞いて、泣きました。
□□屋さんを紹介してくれたのは
何か偶然ではないような気がしました。
本当に純粋に蕎麦が好きなご主人でしたから。
今だに、
ご主人の蕎麦を超える蕎麦には出会っていません。
お店の名前は
「彦」といいました。
今となっては
もう二度と味わうことのできない
名店です。