孤独と「蠱」の黄昏
夕陽ヶ丘の街外れ。
忘れられた様な児童公園が有る。
古いブランコと古タイヤのモニュメント,それに小さな砂場。
そこに街の予算が余ったのかも知れない、場違いな塗装したての白いベンチ。
冬の寒空の下コートの襟を立てた初老の男が背中を丸めて座っていた。
そこへ若い女。
「ごめん,ちょっと横、座って良い」
男は何も言わず,目でうなずいた。
「酔っ払っちゃってさ」
そう言って女は煙草を咥えた。
「灰皿はねえよ」
とがめるつもりは無かったが,つい口に出た。
「心配しないで携帯のモク入れ持ってるから」
「まだ若そうなのに、身体に良くねえよ」
「何だよ、孤独見たいな格好付けてベンチなんかに座っちゃってさ」
「俺が孤独って何で分かった」
「匂いだよ、匂いで分かる」
「どんな匂いだ」
「自分で分からないの、寂しい、寂しいって、そう言う匂い」
「寂しい君とはもう別れた」
「何、寂しい君て」
「前は付き合っていた、だが馴れ合いが過ぎてお互い別れる事にした」
「何の話、貴方って面白い事言うのね」
「面白いか、言われた事無いな」
「友達いそうに無いもんね」
「貴方何でも分かるんだな」
「私もこの世界結構長いからね」
「でも孤独についちゃあまり分かってないな」
「孤独は孤独でしょ」
「孤独ってさ、世間様と距離を置いててひとりぼっちになる事だと思う思うだろ」
「違うの」
「違う、孤独ってのは他人と輪郭線を作って心静かに自分を確かめる事なんだ」
「何それ、難しい事言い出したわね」
「聞きたいか」
「まあ暇だからね、酔い覚ましに聞いてあげる。
女は男の話に興味を持ったらしく、口からタバコ離した。
「孤独には選んだ孤独と追い込まれた孤独と二つあるんだ」
「ふうん」
「選んだ孤独は、戻る場所を知っている、追い込まれた孤独は、
世界そのものを閉ざしてしまう。
だからこう言っていい。
孤独その物は薬にも毒にもなる“劇薬”なんだ」
「孤独が薬ってそれ何なん、話が飛び過ぎて分からない」
男は転がっいた枯れ枝を手に取って地面に「蠱毒」と書いた。
「又難しい字を書いて、読めないわよ」
「“蠱”一文字で“コドク‘’と読む」
「あんた学校の先生か何かなの」
男は無視して続ける。
「昔中国で毒虫、毒蛇、ムカデ、サソリやなんかを壺に入れて共食いさせたんだ、そして生き残った物から抽出したのが“蠱”」
「何か凄い話になってきたわね」
「この“蠱”は猛毒にも秘薬にもなるんだ」
「もしかして貴方それ持ってるの」
「持ってる」
男はコートのポケットから手に乗る程の小さな壺を出した。
「幸せも不幸もこの中にある」
「こんな物どうするのよ」
「どうもしない、ただ俺の孤独を見抜いた君に見せたかっただけさ」
「まいったわね、孤独が本当にあるなんて」
「で君はどうする」
「どうするって」
女は酔いが完全に覚めていた。
「私はね“小さな幸せ”が欲しいだけ」
「今不幸なのかい」
男は優しい目をした。
「ならこの薬はいらない」
「薬で幸せになったりしないもんね」
「小さくて良いなら俺が幸せにしてやろうか」
「えっ、貴方って意味分からない人ね」
「どうだい、ちょっと二人で飲み直さないか」
「いい歳してナンパのつもり」
「あのさちょっと手を出して」
「何のつもり」
「いいからさ、親指を折ってごらん」
女には何の事か分からない。
「俺も親指を折る、すると指は何本」
「何言ってるの四本に決まっるじゃ無い」
「俺の指と合わせてごらん」
女何の事か分からずに男な指に自分の手を合わせる」
男が微笑んで言った。
「ほら、四と四で四合わせ」
「幸せか」
女も思わず微笑んだ。
「アタシが奢ってやるよ」
「余計な心配するな」
二人は黄昏の街へ歩き出した。
白いベンチの上には小さな“蠱”が置いてあった。
by Konoe73