『自分が思う「ガマン」とか「がんばり」で苦しいときって、
相手や周りにとってはしなくていい努力だったりするんですよね。
相手が喜ぶだろう、相手が助かるだろう、って思ってたけど
それは、「相手」じゃなくて「自分の場合」そうだから。
ほんとはやりたくないけど自分だったらそうして欲しいし、
ほんとはやりたくないけど自分だったらそうしない人が許せないし、
ほんとはやりたくないけどそうしない人を心の中で罰してきたし、ほんとはやりたくないけどきっと相手はそうしてほしいはずだから。(って勝手な思い込み)
自分の本心と違うことだけど考えて考えて、相手をおもって我慢して配慮したつもりのことが、まったく誰の得にもならないとかね。』
以前、両親のためを思って、まめに実家に帰ったり、一緒にお出かけしていたことがありました。
でも、案外喜ばれなかったり、お出かけしてもたのしそうじゃなかったり、結局ケンカしちゃったり。
そういうとき思ったのが「せっかく○○○してあげたのに」
今思えば、イヤな奴です。自分が勝手に両親のためとか思ってやっただけなのに。
何回か同じことを繰り返しているうちにそれに気づいてやめました。
自分がしたいとき、一緒に行きたいとき、やりたいときだけ、声をかけるようにしました。
そうしたら、私も両親も楽しい時間を過ごせるようになりました。
両親のことに関わらず、自分が「そうしたい」を置き去りにして、「相手のため」とか「○○○のため」などと言って、起こす行動にはいいことはない。
身をもって知っているから、このブログの言っていること賛成です。