人間は一人では生きていけない。改めて思う。
人間は生まれて何らかの役割分担があり、自分は良い家を提供する事で生まれてきた責任を果たしている。
その責任を果たす為にあらゆる人間の力を借りている事に改めて気づく。
普段、何気なく当たり前に身の回りにあるかのように使っている物でもそれを作ってくれる人間がいなければ
その物は存在しない。
鉛筆一本、紙一枚これが無いだけでも仕事は出来ない。そう思ってまわりを見渡すと自分はありとあらゆる
人間のお世話になり生きているのだ。腕のいい職人でも、その腕を発揮するには道具がなければ
何にも出来ない。
自分は何でもできる、一人で生きていけると錯覚してる人もいるだろう。自分もそんな思いで昔はいた。
自給自足に憧れる時もあったが100%自給自足なんてありえない。自分で畑を耕すにしても、その鍬や
スコップは誰が作ったのか。その鍬やスコップを作ったところから自分の手元までどうやって届いたのか、
その畑に植える種や苗は自分一人で作る事が出来るのか。
今の世の中、金さえあれば何でも手に入る。
価値の移動の手段としてお金という便利な物が発明されたが、それは人間の求めることが多くなり、人間の
役割分担が多くなりすぎて物々交換が成り立たなくなったから出来ただけの物。
近所のおばあちゃんから自分の畑でとれた野菜を頂いた。おばあちゃんを仕事の通勤のついでに病院まで
車に乗せてあげた。何気ない光景であるが、その価値の移動にはお金は存在しない。
金が欲しい、金儲けがしたい。そんな人が多いが何の為に金を儲けるのか。自分はその金をもらうだけの
社会的な責任を果たしているのか。
お金は、地球上で自分が生きてきく上でありとあらゆる人のお世話になる為の物にすぎない。
危険な価値、本来人間が必要としない価値でもお金に換算してしまうようになったこのご時世。
改めてお金はどうして存在するか、そしてお金に代えられない人間の価値を大事にしていきたい。