こんにちは。ピッポです。
ひさびさに幸福研究の記事を発見したのでピックアップしておきます。
『脳科学は人格を変えれるのか?』エレーヌ・フォックス著(文藝春秋)からの引用です。

『もうひとつ重要な発見が、科学的な研究からもたらされている。それは、人がほんとうの意味で幸福になれるのは次に述べる三つの要素があわさったときだけだということだ。ひとつ目は、ポジティブな感情や笑いを数多く経験すること。ふたつ目は、生きるのに積極的にとりくむこと。そして、三つ目は、今日明日ではなくもっと長期的な視野で人生に意義を見出すことだ。』
『ふたつ目の、仕事であれ趣味であれ、自分がしていることに積極的にかかわることは、三つの中でもとりわけ重要だ。
幸福に関する複数の調査からは一貫して、より良い仕事やより良い家、より良い車などのいわゆる〈ものごと〉が、高い幸福感の継続にはつながらないという意外な結果がもたらされている。売る側が何をどう言おうと、新しいぴかぴかの腕時計や新しい携帯電話は、長期的には人の幸福度をすこしも高めてはくれないのだ。』
『基本レベルの豊かさ(住む家があり、十分食べ物があること)がひとたび得られれば、それ以上にどれだけカネがあっても人が感じる幸福度にはほとんど差は生じない。これは複数の調査からあきらかにされた事実だ。
それよりも人を幸福にするのは、自分にとって大きな意味のある何かに積極的にとりくむことだ。これこそが楽観主義者の本物の証明だ。楽観主義者とは、大きな目的に向かって没頭したり、意義ある目標に到達するために努力を重ねたりできる人なのだ。』
ひとつ目とふたつ目はやろうと思えば取り組めそうな気がします。毎日を楽しく過ごせるように工夫する。仕事なり趣味なりに積極的に取り組む。前向きに取り組むということかな。しかし、最後はすぐには見つけれそうにない感じですね。
以前に書いた最終的な「人生の目標」とも相通じるものがあります。それは「それを達成したら翌日死んでも後悔はない、というような目標」でした。どんなことがしたいのか。どんなことに人生の意義を見出せるのか。
今回の記事を読んでいて、幸福のための3つの条件のうち、ひとつ目とふたつ目に取り組んでいれば、自ずから最後の「人生の意義」も見つかってくるのではないかな、と感じました(完全に感覚で書いてますが…)。
もうひとつ感覚的に書きますと、やはり人生の意義とは、「自分以外の誰かの役に立つ何か」なのだと思います。それが自身にとって強みを活かせてやりたいと思えること。このあたりに「意義」があるのではないでしょうか…
というのも、自らの欲求を充足するためだけに生涯を捧げた人をイメージしてもそれが幸福であるとはどうしても思えないからです。たとえ、経済的に豊かであったとしても…。
人ってそういう風に進化してきたのかもしれませんね。周囲の人たちのためにがんばることで幸福を感じられるようにできてるのかもしれません。
実際に友人や家族をよく助ける人ほど長生きする、という研究結果もあります。
以下はネット記事…
『Stanford大学のLewis Terman教授が始めた足かけ80年にもおよぶ研究では、人間関係や他者への手助けが幸せに長生きする上で重要な要素であるとわかりました。
この研究の詳細は『長寿と性格』という本で紹介されています。
私たちは、「困難な時期に頼れる友人や親戚がいる」と確信できる被験者は健康度が高いと予想していました。とても愛され大事にされたと感じている人は、特に長生きできるだろうとも推測していました。
しかし、私たちの予想は間違っていました。
社会的人間関係のメリットとしてもっとも明白なものは、社会的なつながりの輪の大きさよりも、他人を助けることから来ていたのです。
友人や隣人を助け、他者に助言したり世話を焼いたりしていた人は、より長生きする傾向がありました。』
人にはそれぞれの人生があります。
その人がどんなことにエネルギーと時間を費やしてきたかは千差万別です。そのなかで人の役に立つ何かを見つけることができれば…。
それはその人の幸福度を跳ね上げることにもつながります。
(そして、どこかの誰かが救われる)
自分にとってそれがどんな活動なのか?
考えながら毎日過ごす。
これだけでもワクワクしながら日々を送れそうな予感がします。
これは条件のひとつ目を満たすのにも役立ちますね。
①ポジティブな感情や笑いを数多く経験すること。
②生きるのに積極的にとりくむこと。
③今日明日ではなくもっと長期的な視野で人生に意義を見出すこと。
最後までお付き合いありがとうございました。