今年は地元の山田祥充プロを筆頭に、
福島サーフィン界を盛り上げようと動いていた。


2月にリリースされた『Replay』
これが始まりのはずだった。



そして、

3.11の大地震。


実家の目の前まで津波が押し寄せた。




3月12日の朝には避難指示。


訳の解らないうちに避難。


その日の夕方、原発爆発。



全てが変わった。



家に帰れなくなった。

仕事も出来なくなった。

地元でサーフィンも出来なくなった。


この状態が長くなるほど、
自分がダメになっていくのを感じた。



だから仕事だけでも早くしたかった。


上司にほぼ毎日電話した。


早く仕事がしたい。
転勤させてほしいと訴えた。


そして、

6月10日に茨城に転勤。


首都圏エリアを中心の仕事にシフト。


新しい職場の雰囲気に慣れる事、
仕事に慣れるのに苦労した。



そして、

震災直後は全く考えられなかったサーフィン。



全国でサーフィンの自粛が解禁になった。


やっぱり俺もサーファーだから、

生きがいだったから、


凄くサーフィンがしたかった。


そして、
俺もサーフィンを再開。



そのかわり

今年は福島サーファー代表として、
被災地サーファー代表として、

全日本やNSA公認大会を頑張ろうって強く思った。



そして迎えた全日本宮崎大会。




負けられなかった。

負けるわけにはいかなかった。



人生初の全日本ファイナル進出。





福島の地元の仲間も応援してくれた。






そして、

NSA公認のAAランクの平砂浦コースタルフェスタでは優勝。





全日本マスターズや級別で、
静波や伊豆にも行った。



その結果、

NSAシニアクラス年間ランキング2位になり、
来年の全日本伊勢大会のシード権を獲得。


サーフィンの方は、
今までにないぐらいに結果を出せた。




家に帰れなくなり、

地元でサーフィンも出来なくなり、

職場も変わり、

住む所も変わり、

そして家族と離れての二重生活。

避難生活中には結婚10周年も迎えた。




俺なんかよりも
生活も仕事も大変な方が居るのは承知。


全てが初めての経験だった。



たくさん仲間に支えられた。

人の温かさを心から感じた。



皆の支えがなかったら、
今の自分はなかったと思う。


今こうして仕事出来るのも、

サーフィンが出来るのも、

笑えるのも皆のおかげ。



本当にありがとう。





それでも、
今も地元を思うと切なくなる。


これを神様が与えた試練と思わなくてはならないのか。

これが俺の運命として受け止めるしかないのかと考える事もある。



俺はこの時代を生きている事が良かったかは今は解らないけど、


俺が生きるこの時代には大切な最高の仲間が居る。

これだけは本当に良かったと思う。

本当に助けてもらった。



凄い年だった。



来年はどういう年になるか解らないけど、
2012は平和な良い年にしたいと思う。




一足先にメリークリスマス!!!



ブログは今年は終わり予定。




1年間ありがとうございました。




宍戸 健太





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