先日、二人の知人とお話していて、
その方たちの悩みというのが
「今の自分がイヤで 自分を変えたいけれど
どう変わればよいか分からない」
「今の環境から抜け出したいが
新しい環境に飛び込む勇気が持てない」
というものでした。
(この記事はご本人たちの承諾を得て書いています)
なぜ、今回このテーマを取り上げたかと言いますと、
かつて、わたしも同じようなことで悩んだ経験があるからです。
人は 自分を変えたい、変わりたいと思った時が
ひとつの転機でありチャンスでもあります。
(また、何か新しいことを始めたいと思った時も同様です)
人が人を変えることはできません。
たしかに、例えば誰かとの出会いによって、
または誰かの影響を受けて…ということはあると思いますが、
それは誰かがその人を変えたのではなく、
その人自身がそういった出来事を通じて自分を変えていった、
ということなのです。つまり、
その人自身が「変わろう」と思わなければ
自分を変えることはできないのです。
「べつに変わろうと思ったわけではないが、
いつの間にか変わっていた」
という場合もあるかもしれません。
気づきにくいかもしれませんが、そんな場合でも
"変わりたい""変わろう"という意識は
その人の中のどこかに
かならずあったはずなのです。
ここで浮かび上がってくるのが
"変化"というキーワード。
一口に"変化"と言っても、いろいろあると思います。
自分の中での変化というのもあれば、
自分を取り巻く状況や人間関係だったりということもあるでしょう。
時には、予想外の変化の波のようなものがとつぜん押し寄せてきて、
否応なしに対応を迫られる場合もあるでしょう。
いずれにせよ、
人は新しい変化に直面すると不安や怖れを感じることがあります。
けれど、その不安も恐れも執着も手放さない限りは
いつまでたっても「今のまま」です。
もちろん、今のままの状況に心から満足しているのであれば
それでいいのです。
もし、そうでなければ、「変化」を怖れず受け入れてゆくしかありません。
いっぺんにはむずかしくても、
少しずつでも受け入れてゆく。少しずつでも挑戦してゆく。
その気持ちが大切です。
そうするにあたって、
気持ちがいつもコロコロ変わっていてはダメです。
確かに、人間ですから迷うこともあるでしょう。
何かを目指していく途中経過で、
方法を変えてみたり、軌道修正するという場合もあるかもしれません。
でも、それと「心がいつも移ろいがちで定まらない」
というのとは意味が違います。
自分が何を望み、どうしたいのか。どう変わりたいのか。
その答えは 自分の中にあるはずです。
自分の心の声を聴くのです。
そして、ただ何となく… ではなく、
出来るだけ具体的に自分の理想を思い描いてください。
謙虚な気持ちを持つということは人として必要なことだと思いますし、
周りのアドバイスを参考にしたり、
自分の未熟さや至らなさを反省することも必要でしょう。
他者の目に自分がどう映るかということを客観的にみつめることも
時には大切なことです。でも、
周囲の意見にぐらついたり、
人の評価を気にしたりする必要はないのです。
「人からこう言われたから」
「人からどう見られるだろう」
などということに心囚われていては、
せっかくの一度きりの人生が色褪せたものに
なってしまいます。
「心に信念とゆとりを持って 自分を生きる」
それが大切なのだと思います。