ー 空手を始める人のために ー 福島県郡山市の空手先生奮闘記 -3100ページ目

自分のこと 3

今日は福島県に初雪が降ったようです……


寒いです彡(-_-;)彡



今年は本当に異常気性ですね…この前まであんなに暑かったのに今度はこんなに寒くなるとは(>_<)



私の友人もたくさん風邪をひいています。
皆さんも気をつけてくださいね。


私は稽古をして寒さを吹き飛ばしますヽ(・∀・` )ノ





さて



小学五年生のときに
『空手バカ一代』を読み空手を学びたいと思いながらも、その臆病で小心者の性格からなかなか一歩踏み出す勇気が出なかった私ですが、

その理由の一つに近所に極真空手の道場がなかったというのがあります。



極真の道場に通うには小学生の足ではちょっと厳しい位置だったので、それが臆病者の私にとって、



「やりたいけど近くに道場がないのではしかたがない」


というような逃げ道の一つになっていたように思います。




しかし…

極真空手じゃなければ家のすぐ近くに沖縄空手の道場があり

自宅の窓を開けるとその沖縄空手のプレハブの道場が見え、稽古風景をいつでも眺めることができました。



その道場は友達が住んでいるビルと同じ場所にあったので

幼少期から毎日のように友達の家に遊びに出掛けては、その道場の場所が仮面ライダーごっこをするための遊び場になっていました。


ただ

当時、私が学びたかったのは極真空手だったので沖縄空手は自然に選択肢からはずれていたのです。




それが中学生になってから知り合った友達がその沖縄空手の道場へ通うと言い出しました。


その友達はスポーツ関係で競い合っていた学校での私のライバルみたいな存在だったので、

彼に先に空手を習われたら差がついてしまうと僕は焦ってしまい



熟考した結果、



近くに極真空手の道場はないのだし、


その流派は組手で当てないから怖くない、


沖縄は空手発祥の地だから基本はしっかりしているだろうし、


極真空手を学ぶまでに空手の基礎力をつけるにはちょうどよいだろう…



というようなその流派の先生にたいしてとても失礼な理由で通うことに決めたのです。(先生本当にすいません)



なにはともあれ臆病で小心者だった私がついに憧れだった空手の世界へ一歩を踏み出すことになったのでした。




誰にでもできる・堤下空手教室

自分のこと 2

『正義なき力は無能なり、力なき正義もまた無能なり』という…


極真会館創始者 大山倍達総裁の言葉を本屋で立ち読みした劇画『空手バカ一代』で見つけたときに



初めて空手を学びたいと強く思ったわけですが…

(最初に空手バカ一代を友達に勧められたときはつのだじろう先生の絵が怖くて敬遠していました、笑)



その内容が凄まじい…
金蹴りで〇玉は飛び出るわ、耳はちぎれるわ…


今でこそ物語を盛り上げるために誇張された部分も多かったと理解していますが、当時はほとんどの人が実話だと信じていたのではないでしょうか?



しかし…
臆病者が感銘を受けたくらいで、よし明日からやろうと思えるほど単純ではありません。



こんなときに
『空手バカ一代』を一読し感銘を受けて即空手を始められるような人は…


空手を学んで強くなった自分が
大山倍達や芦原英幸等の主人公の立場になって相手をバタバタと倒すようなイメージを持てる人なのでしょう。



私なんかは大山倍達や芦原英幸の主人公にやられる側のイメージしか持てませんでした

アウチ( ̄▽ ̄;)



「骨が折れたらら痛いんだろうな~」



「〇玉が飛び出たり、耳がちぎれたらどうなってしまうのだろう…」



そんなことを考えると空手を学びたいと強く思っても、なかなか次の一歩を踏み出すことができなかったのです。



空手を学びたいという強い想いを抱えながらも、
臆病な性格から次の一歩が踏み出せず悶々とした日々を過ごし、



それでも学校が終わると毎日のように本屋に通い閉店するまで
『空手バカ一代』を立ち読み……


ではなく座り読みをして(笑)




台詞を全部覚えてしまえるくらいに何回も読み続けていました。




今は本にフィルムカバーが掛けられていて立ち読みが出来なくなってしまいましたが、


昔はフィルムカバーなどなく立ち読みする人達で溢れ出すほどに本屋さんは盛況で、私のように座り読みをする子供達も沢山いました。



私が通っていた本屋さんの社長さんが同級生の親だったのですが


「万引きさえしなければ立ち読み大結構!立ち読みで人が沢山いてくれたほうが活気がでる」(←ちなみに女性です、笑)



と語るような豪気な方だったので本当に遠慮なく毎日通い、本も買わないのに漫画家さんのサイン色紙や販促物を貰って帰って来ていました。


今から考えると本当に古き良き時代だったと思えます。




話が脱線してしまいましたが、空手を学びたいけど踏み出す勇気が一歩足りず、大山総裁や芦原師範の主人公に憧れながらも、


主人公にやられる側の気持ちに立ちやられた彼らに同情しながらも、

何度も『空手バカ一代』
を読み返して二年が過ぎたでしょうか…


私は中学生になっていました。


そして…

中学生になった私は
ついに憧れの空手を始めることになるのですが、

それは極真空手ではなかったのです。


誰にでもできる・堤下空手教室

自分のこと 1

空手って今の人達にとってどんなイメージがあるんでしょう?


私が幼少の頃は空手バカ一代の影響で空手ブームだったみたいです…みたい…というのはその頃は空手に興味がなかったものであとで知りました(笑)

それ以前の空手は小説『姿三四郎』に出てくる悪役空手家・檜垣源之助 のイメージで柔道が正義で空手は悪のイメージだったと聞いていました。

その悪役のイメージを払拭するのに劇画『空手バカ一代』の人気が影響したそうです。


私が空手を始めようと思ったのは臆病で小心者だけど正義感だけは強かったというような自分に自信を持ちたかった。

理不尽な暴力に屈したくなかった。

自分の大切な人達がトラブルに巻き込まれた時に大切な人達を護れるような力を身につけたかった。


子供ながらにこういう強迫観念を言葉にはしなくても心の中で認識していて、常にそういう力に屈してしまうかもしれない自分の弱さに強い恐怖感を持っていました…だからこそ『喧嘩に強くなりたい』という想いがとても強くあったのだと思います。


そして私の子供時代は『ブルース リー』ブーム
いまでは諸種の事情で地上波でブルースリーの映画が放映されることはほとんどありませんが、昔は頻繁に地上波のテレビでブルースリーの映画が放映されていて幼少期からそれらを見続けていたことも強く影響しました。

こういうバックボーンを持った自分が小学生高学年のときに本屋さんで劇画『空手バカ一代』を立ち読みをしていたときに、その中の

「正義なき力は無能なり、力なき正義もまた無能なり」

という大山総裁の言葉に出会い、それに深く感銘を受けたことが、実際に極真空手を学びたいと思った第一歩でした。


しかしとても臆病で小心者の自分が空手を始める為にはもう少しの時間が必要なのでした。



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