
5536日目
おはようございます。今日で震災から5536日目です。

私は占いは勉強になると思っています。
バレンさんも言ってるように占いは統計学ですよね?
果てしない年月と果てしない数の人々のデータの蓄積なわけです。
そのデータが無駄なわけはないと考えています。
占い師の方が言った内容が当たる、当たらないという視点では見ていません。
占い師の方の練度ににもより、読み方に解釈の違いは出るでしょうしね。
そして、手相ということだけを視ても、何の理由もなく手相が形成されているわけではなく、内臓やホルモン分泌との関係性、心的な関係性、生年月日やもしかしたら生まれた地域の気候等の影響も受けている可能性は高いと思っています。
後は占星術等によると星の引力との関係性もね。
前から言ってますが、地球上に生きる全ての生物は地球の細胞の一つなんです。
そういう意味において万物関係性のないものは一つも無いと考えます。
その関係性を解明出来ないことや理解出来ないことはあるでしょう。
でもそれは関係性が無いという証明ではありません。
我々のまわりに関係性の無いこと、意味の無いことは一つ足りともあり得ない、わからない人間がいるだけだと思うのです。
統計学は事実の積み重ねですからね。
それこそが科学の根でしょう?
データをどう扱うかということが肝要で、データは道具ですからそれをどのように分析して己の人生に役立てるかは本人の問題であり、性格も肉体的資質も、経済力や人間関係も異なる人間の行動や判断は千差万別なわけです。
でも手相だったり、血液だったり、生年月日だったり、顔相だったり、姿勢だったり、又は食生活だったり、類友であれば傾向は似てもおかしくないでしょう?
そういう元にしたデータの種類で重なるモノが多ければ多い程、統計の傾向にマッチした現象になる可能性が上がるのは必然ではないですかね?
でも絶対ではない。
そういうことではないのでしょうか?
そういう意味で言えば、当たるというよりも、当たったという結果論の多い占い師の方は存在するでしょう。
でもそれは当たるということではなく、今でも占ってこれだけ当たりましたという結果であり、占った人間の数でも%は変わりますよね。
一人しか占っていなくて一人が当たったといえば、それは100%の確率で当たったとなるわけですから。
そういうのを信じるか?信じないか?はその人次第でしょう。
当たるも八卦当たらぬも八卦というでしょう?
人の人生を決めつけることが出来ないのと同じで、占いも当たる場合もあれば、ハズレる場合もある。
駄目なのは依存することだと思います。
私は自分の人生、他人に頼って生きようとは微塵も思わないです。
占いの本を見たりはしますが、そういう知識を得て自分なら自分をどのように視るかな?と自分探しの余興としてやったりするくらいですかね。
都市伝説とかミステリーとか好きなんで、占いも好きですけどね(笑)
私は自分の経験と勘の鋭さで近未来であれば色々なことを当てて来ましたが、だからといって、それを声を大にして言う勇気はありません。
言霊は外気に触れた途端、性質が変わってしまうと考えていますのでね。
静かに心の眼に視えていることは・・・という話です。
あと当たらない占い師がいることと、占いが当たらないということは異なりますよ。
知人でも金を湯水のように使って占い師に視てもらってるのとかいますが、本人が好きでやってることなので何も言いませんし、お金持ちだな〜くらいにしか思えませんよ(笑)
100年ふくしま 日本空手道神居塾 栗田昭宏
