2919日目 | ー 空手を始める人のために ー 福島県郡山市の空手先生奮闘記

2919日目




おはようございます。
今日で震災から2919日目です。



備忘録です。


私が見てきた 心が弱い人間の特徴を記しておきたいと思います。


あくまでも 私が出会って来た人間のデータの累積により 導きだした考えであり、それが万人に当てはまるかどうかは 定かではありません。


心の弱い者が、自身の置かれた状況から逃れたいと考えている人間は、自身がその苦しい状況から逃れる為に 全てが自己中心的な思考に偏ってしまいます。



理屈では 自分が一番苦しんでいる人間ではないと理解をしているような者ですら、その置かれた状況から逃げたい一心で 自己肯定の思考に囚われてしまうものです。




例えば 自分が逃げ出したいと思っている道で 逃げずに頑張っている者がいたとしても、

その人間が 自分と同じ年、同じ体格、同じような運動能力であったとしても 、「元々 才能があるのだ!」とか、「苦しくても平気なのだ!」とか、自身の都合の良い形に考えを既決させ、自己肯定の為の材料とします。



同じ人間、苦しいことは誰がやっても苦しいし、辛いことは皆同じように辛いとは考えません。



そして 何故 逃げ出したいと考えるのかといえば、駄々を捏ねれば逃げられると思っているからであり、逃げることが自身のマイナスになるとは考えていないからです。



このような人間は、今 逃げたって 後の人生で取り返せると考えています。



問題は 空手の苦しさに負けたから逃げたのだ ということではありません。



これが野球だろうと、人間関係だろうと、仕事だろうと、同じような壁にぶつかり 同等以上の苦しみを味わえば、容易に 同じ選択をする可能性が高いということです。

ですが、本人は空手だから 我慢が出来なかったのだと 今という現実から逃れる為だけに 全てが御都合主義的な思考に囚われてしまいます。



問題は「何か」ではなく、「自分自身」であるということに気付いていません。



いや、気付いはいても そこに目を向けてしまったら 自分が逃げることが出来なくなってしまうので、自分自身を誤魔化して敢えて視ないように 心に鍵をかけてしまいます。



私はね 人間なんて そんな高尚な生きものではないと思っています。



理屈では解っていても 出来ないことは沢山ありますし、奇麗事だけでは世の中を渡っていくことは出来ません。


だからこそ、奇麗事の理屈だけではなく、苦しくても 辛くても 鼻水や涙を流しながらも頑張ろうとする姿勢が必要なんだと思います。



そして そういう心根を矯正出来るのは子供のうちだけだと 私は思っています。


大人になったら、自分で屁理屈でも何でもつけて 永遠に逃げ続けることが出来るからです。


大人の心を矯正する術は 無くはありませんが、それは子供時代の100倍くらい大変だと思いますし、そんな大変なことを子供時代に逃げた人間が向き合うことは 余程の奇跡でも起きない限りあり得ないことです。



ということは、子供時代に人間力を向上する機会を逃したことにより、その人間は今生において成長出来る機会を永遠に放棄したことになります。



それは まことに勿体ないことだとは思いませんか?



そういう場面で 子供たちの指針となり 道を正しく導いてあげられるのは やはり親御さんしかいないのではないでしょうか?


私のような立場の人間が そこに対して、強い働きかけをしたら それは強制的な面を持ち 昨今の時代背景に逆行するような形となってしまいます。



親の立場にある人間は 子供の感情論を諭し、理解 納得させるだけの器量を 子供たちに示せなければなりません。



子供の駄々に負け、流されるのは 自らの中にも同じ種の弱さがあるから 否定することが出来ないのです。



それでは 血 に流れる 業 を切る 機 を逸してしまいますよ。



逃げたい人間は 逃げる為に色々な条件を提示してきます。


「○○を頑張るから 辞めていい?」みたいにね。



親からすれば、今までは やれ!やれ!と言っても聞かなかったことを やらせる良い機会だから と その子供が提示した駆け引きに乗ろうとするかもしれません。



もしかしたら、親から駆け引きを持ち込むかもしれません。



でもね、駆け引きをしてしまった時点で 既に親の負けなんです。



要領の良し悪しにより、自身の弱い心が強くなる等ということは 絶対にありません。


それはね、視点をずらして現実から目を背けて 、等価交換をしたのだからと思考を誤魔化しているに過ぎません。



それが同等の価値を有していると言うならば、その○○を頑張った後に もう一度 逃げ出す前と同じ環境や状況に放り込んでみると良いのです。



それが等価であったならば、前は逃げ出したことを 見事にやりきれるはずです。



どうですか?



現実にはそんなことにはならないと 考えれば解るでしょう?



弱さに打ち克つということは、一つひとつ誤魔化しを潰していき 現実に向き合うということなのです。



現実はね 厳しいものですよ。



生きていくだけなら、誰でも死ぬまで生きることは出来ます。



ですが、より良く生きたいから 我々は頑張るのですし、皆 幸せになりたいのです。


「それが 何処までか?」なんて そんなことは個人差がありますから決めることは出来ませんし、自分の未来を先に知ってから行動することも出来ないでしょう?



我々には 一秒先は闇という状況設定があり、明日はどうなるか解らない道を歩むからこそ、際限なく成長を求め続けなければならないのです。



それは神様が 我々 人間に与えてくれた 方便 なのです。




そして 私たちは 生まれる時代や環境、家系(血)を選べません。


厳密に云えば多くの賢人は 生まれる前の段階で 今生において自らを鍛える為に 自らが選んで 生まれてきたのだと話しますし、私もそうだと思っていますが 現実的には それを証明する術はありませんのでね、選べないという設定にしておきます。


選べないことに対して グダグダと文句を言っても始まらないし、文句を言っても何も変わらないことに対して エネルギーと時間を費やすのは無意味です。



もう一度言います。


弱い人間は 自己中心的な思考に陥り易いものです。



弱い人間から視て、強く視える人間は、弱い人間が勝手に強いと思っているだけだということです。



人間 みんな同じです。


みんな苦しいし、怖いし、辛いのです。


自分だけが特別だと思った瞬間に 負けなのです。



今 目の前にある条件をクリアしても 更なる困難が待ち受けています。


人生は一生修行の場ですよ。



時には休んでも良いし、寄り道をしても良いのです。



だけど 自身が向き合っている「弱さ」という壁から逃げてはいけません。



仏教には 輪廻という概念があります。


輪廻とは 生きかわり死にかわりすること。車輪が回転してきわまりがないように、霊魂が転々と他の生を受けて、迷いの世界をめぐることを指します。



良いですか?



己が目を背けた弱さからは 一生逃れることは出来ないし、それは生まれ変わっても無限に向き合い続けなければならない宿命だということなのです。




私は 自分がとても弱い人間だったからこそ よく解ります。



私はね 自分が逃げ出したいような場面に出くわした時に、お前はこれまでに経験してきた苦しみをもう一度味わいたいのか?と自問自答するようにしています。



もちろん 答えは「否」です。



一度 乗り越えた山をもう一度やり直すことは 無駄以外の何ものでもないと思っていますので、無駄の為の無駄をするくらいなら 自身の壁に当たって砕けた方が一万倍良いと思っています。



これはね、あくまでも私の考え方です。



否定するのも 肯定するのも 皆さんの自由です。



皆さんに対して 何の強制力もありません。



しかしね、私に出会ったこと、縁を持ち こういう論を目にしたということは 偶然ではありません。



人生が皆さんに対して 何事かを伝えたいから そういう機会が訪れたのです。


その機に対して どのように向き合うのかということも 皆さんの人生の色なのです。


私は 自分の色が良いとも思わないし、自分の色と同じに染まりなさいとも言いません。



ただ 私を踏み台にして 自身の色をしっかりと染めて下さいという話です。



先生は 今も 自分の弱さを乗り越える為に 腐心し続ける毎日ですよ。




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