2593日目 | ー 空手を始める人のために ー 福島県郡山市の空手先生奮闘記

2593日目




おはようございます。
今日で震災から2593日目です。

空手を学ぶ為の意義とは、空手の稽古を通して学んだことの数々を 自身の人生に還元することにあると 私は考えています。


その為には 空手の世界 と 皆さんが暮らしている日常を重ね合わせて 、空手の世界の出来事を日常生活の中で起きる諸種の出来事として ディフォルメし抽出しなければなりません。



空手を 単なる空手の世界の中だけの出来事として終わらせるなら 現代社会において空手の意義はそれほどないのかもしれません。


そういう認識により 空手の世界の中における 自身の在り方を俯瞰すると 己の甘さが痛いほどに透けて視えて来ます。


厳しい稽古を通して 、嫌なこと、辛いことに 向き合った時の 自身の弱い心が 浮き彫りとなって来るのです。


その弱さに対峙して どのような選択をするのか?


その選択により 自身の未来が変化をします。


私にとっての空手の道とは  その選択の連続でした。



ですが 人によっては 空手の世界の中に身を置いていても 「俺はそこまで空手をやりたいとは思わない!」と 繋がりを切ってしまおうとする人がいます。



そういう逃げ道を自分に与えてしまうと 空手の世界と社会との繋がりが絶たれて、空手を学ぶ意義が失われることにより、その人間は少しずつ空手の世界から足が遠退いていきます。


「俺はそこまで空手をやりたいとは思わない!」


という言葉は そのまま「俺は空手をやりたいとは思わない!」に直結する禁忌の言葉なのです。



「そこまで」とは、己の匙加減に過ぎず 一度 その言葉を吐いて 逃げ出した人間は 道の先々で その言葉を吐くようになっていきます。


それは 空手の世界を離れた後も同じなのです。



空手の世界の中には 日常生活の全てが凝縮されています。


ですから その世界の中において感じる 感情 や 心 も 濃密で凝縮されたものとなっています。


物凄く濃い世界なので、苦しさも 喜びも 強烈に心身に響きます。



だから 空手の世界は 特別で社会とは違うと否定される人間が表れるのですが、縮尺 や 濃度 を調整すれば それらのことは全てが共通していることに気が付くはずです。



空手の世界の中で  現代社会において立ち塞がるであろう難関辛苦を擬似的に体験することにより、最初は無理だったことでも 頑張って修行を積み重ねて成長し それを 乗り越えるという経験を 能動的に己に課すことで 人間的に厚みが増していく中に 空手を学ぶ 一番の意義があるのだと思います。



ですから 「コレはコレ」「アレはアレ」と 己の嗜好により 振り分けて 空手をフィクションにしてしまってはダメなのです。


その境界線を 繋ぐか 切るか により 空手を通して得られる恩恵に差が表れるのです。



誰にでもできる空手 日本空手道神居塾 桑野空手教室


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【稽古時間】

-火・水・金・土-19:30~21:00


-火・金- 18:00~19:00
(少年部初級)


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うねめ通り沿い(ダイシャリン向かい)

西郡山ビル2F(美容室MAROの上です)
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