2260日目
誰にでもできる・桑野空手教室
おはようございます。
今日で震災から2260日目です。
「学問とは、人間はいかに生きていくべきかを学ぶものだ。」吉田松陰
私も吉田松陰と同じ考えです。
全ては「いかに生きていくべきか?」ということ、そこに帰結するものだと思います。
「いかに生きていくべきか?」ということを突き詰める為に勉強をするのです。
ですが、現代は良い高校に入りたいから勉強をする。良い大学に入りたいから勉強をすると、勉強をするための目的がブレています。
「良い高校に入りたいから勉強をする。良い大学に入りたいから勉強をする」ということが、本当に子供自身が自分で考えた末に出した己の答えならば、それでも意味があることだと思いますが 違うでしょう?
ほとんどが親からインスパイアされた考えで、どの高校や大学に行くかという選択肢は子供に選ばせても、「行かない」という選択肢はないではないですか。
目的意識も希薄に世間体の為だけに高校や大学に行く、当の子供は社会人になる前に遊ぶ目的で大学に行く、完全に親の目的と乖離している、この状況にどれほどの価値があるのでしょうかね?
価値とは「ある」ものではなく、自分が決めるものだと私は思いますが、そのような流される生き方をしている中で、そのような能動的思考が芽生えるわけがないでしょう。
「いかに生きていくべきか?」ということを問うということは、「より良い自分自身の追求をする」ということです。
ならば「いかに生きていくべきか?」といことを子供 自らが考えられるように、その価値を説き、導いてやることが教育の第一歩とならなければならないはずなのですが、過去を見渡してもそのような方向性には向かないのですね。
教育は権力者にとっての洗脳として使われており、洗脳システムに異を唱えた人間は世を乱す大罪人という危険分子として抹殺されてきました。
吉田松陰もその一人ですね。
権力者からしたら、一般民衆に自分達よりも頭が良くなられたら困るのです。
こういうことを話すと現代の日本人は笑い馬鹿にして見下す人間が非常に多くいるのですが、敗戦により洗脳、去勢されたのが自分達だとは考えもしていないのですね。
家畜が自由だと思っている樣は滑稽過ぎます。
本当の馬○とは、己が○鹿であることに気付けない人間が馬○なのです。
私は自分が○鹿であることに気付てしまったのですね、そこから「自分はいかに生きるべきか?」ということを考え始めました。
その瞬間から私の本当の「生」が始まったと思っています。
まやかしの中で生き、生まれる前に死んでいくのは御免です。
私はそんな風に考えています。
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