1454日目 | ー 空手を始める人のために ー 福島県郡山市の空手先生奮闘記

1454日目


誰にでもできる・桑野空手教室



おはようございます。
今日で震災から1454日目です。


「人は自分を愛せる量だけしか他の人を愛せません。そして自分を愛せる量だけしか他の人から愛されません。」武者小路実篤



実篤の言葉を聞くと「なるほど!」と頷ける部分もあるのですが、

私は正直自分を愛するということがよく解りません。


これは「愛とは何か?」という、私の愛への理解度とその根幹に対する向き合い方に由来すると思うのですが、自分を愛するという部分がどうにもピンと来ないのです。



私が考える自分を愛するってことは、自分自身を認めてあげるということです。


私は、自分に生まれたことに感謝をしていますし、自分で良かったと思っています。


これは自分自身を認めていることだと思うのですが、自分の中にある弱さや甘さを良しとはしません。


自分の目の前にそびえ立つ壁を全霊をかけて乗り越えようと腐心しても、なかなか乗り越えることができない………そういう自分に腹が立ち、自分の不甲斐なさが許せなく、自分自身に対して厳しくなります。


そういう意味で情けない自分を嫌いなわけですが、時として私にアドバイスをくれる方の中には、「そんなに自分に厳しくしてどうするの?もっと自分を認めてあげな、もっと自分を愛してあげなさい」と言われることがあります。



「エッ?」


そんな時、私は固まってしまいます。


俺は成長をするために、壁を乗り越える為に自分自身に厳しくあろうとしている。

自分を認める?



自分を愛する?



それってどういうこと?



自分に優しくして、今の自分自身で良いんだよって認めてあげることなの?



俺が上を必死で目指していることを諦めろってことなの?



もし他に違う意味があったとしても、俺は俺の性格を熟知している。


今の自分自身に優しくしたら、少しでも満足する気持ちがあったら、俺は立ち上がれなくなる。



前に進めなくなる。



それが解っているから、俺は自分自身にとって最良の選択をしているつもりなんだ。



それは自分自身を愛するということにはならないのかな?



自分に優しくしてあげて、現状に満足感を持つことだけが自分自身を愛するということなんだろうか?



だったら………愛なんかいらない!


俺は自分を信じた道を、自分なりの方法で駆け上がって行く!



これは当時の私が考えていたことであり、それから何十年も経ちますが、未だに良い答えは見付からずに私の答えは当時と変わっていません。



上の言葉をかけて下さった方が、私と同じように上を目指す道の道友で、私よりもずっと前を進んでいる先人であるならば、私の耳に入る言葉も違って聞こえたのかもしれませんが、たいていが私とは異なる道を進んでいる方の言葉なので、私の耳には私の生き方を否定されているように聞こえてしまったんですね。



愛ってなんですか?


優しいってなんですか?



どう考えても私には



自分の存在を認め、相手の存在を認めることが「愛」であり心の深さ、


その人間の将来を按じてあげる心が「優しさ」であり心の重さだと思うのです。



自己陶酔型のような愛はいらないし、甘やかすだけの優しさも違うと思います。

もしそういう愛や優しさが正解なのだとしたら、私にはこの世界に居場所はないでしょうね。



人を愛したいとは思いますが、人から愛されたいとは思いません。


それを望むことは図々しいような気持ちになってしまいますし、自分が弱くなり依存心が芽生えてしまうような気持ちになってしまうからです。



こう書いていて思いますが、やはり私はちょっと変わっているのかもしれませんね(´~`;)ウゥ



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-火・金- 18:00~19:00
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西郡山ビル2F(美容室MAROの上です)
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