446日目
誰にでもできる・桑野空手教室
おはようございます。
今日で震災から446日目です。
私が3、4歳の頃、近所の公園には毎日のように紙芝居のおじさんがやって来ていました。
あまりに小さかった頃の話なので内容は正確ではないかもしれませんが、当時の雰囲気と懐かしさはとても鮮明に心の中に遺っています。
紙芝居のおじさんは毎日、チリンチリン
と鐘を鳴らしながら、ギコギコと錆び付いたボロボロの自転車をユックリと漕ぎながら、どこからともなくやって来ます。おじさんの自転車の後ろにはいつも子供達の列が出来ており、おじさんについて歩いているようでした。
なのでおじさんが公園に現れたときには、既に公園には沢山の子供達が溢れ返っており、鐘の音色を聴いてから「あっ!おじさんだ
」と、母親から20円を貰って公園まで走り出して行った時には、小さかった私は人垣の一番後ろのほうにいて、人垣を掻き分けて前に進むような度胸もなかったので、楽しみにしていた紙芝居はいつもあまり見えず、おじさんの声だけを聴いているような感じでした。実際、どんな話をしていたのかも解らず、覚えてもいないのですが、当時の私にとって紙芝居のおじさんに会いに行くということが一番の大切なイベントになっていたのだと思います。
おじさんが読む紙芝居は、意味は解らなくても子供達の心を暖かくしてくれる優しさに溢れていたように思います。
おじさんが紙芝居を読み終わると、水飴や名前はわかりませんが薄い色のついたせんべいの間にジャムや水飴を塗ってパンダやイロイロな動物の形の駄菓子を作り子供達に一枚20円で売っていました。
私も母親から貰った20円でおじさんが作ってくれたパンダさんの形のせんべいを食べるのがとても楽しみでとても美味しかったのを思い出します。
年上の子供達はみんな二本の割り箸の先についた透明の水飴を白くなるまでクネクネとこねて美味しそうに舐めている姿がとても格好よく、私もそれがやりたかったのですがその水飴は30円、私の一日のお小遣の20円では足りません。
私が水飴を食べたいから20円のお小遣を30円にあげて欲しいとお願いすると、母親は私に
「あなたのお小遣は一日20円って決まっているでしょう?水飴が食べたいのなら一日だけ我慢をすれば次の日には40円貯まるから、水飴を買っても10円余る。だからそういうふうにしなさい。」
と、そういう言い方で私に我慢することの大切さを教えてくれました。
ですが小さかった私は泣いて親を困らせた記憶も遺っています…クソガキですね(笑)
私の我が儘を通させず、きちんと世の理を教えてくれた、母親には感謝をしています。
私の中にある忍耐強さは、私がもともと持っていたものではなく両親の教育方法の賜物であると確実に思えるからです。
そういう何気ない幼少期の日常の中で、紙芝居のおじさんを通してイロイロな勉強をしていた私ですが、ある時を境に紙芝居のおじさんはパッタリと私達の目の前から姿を消すことになります。
風の噂ではおじさんは高齢なので倒れて動けなくなったと聞きました。
私はおじさんのお見舞いに行きたいと母親に言いましたが、「紙芝居のおじさんの家は誰も知らないでしょう。」と言われ、納得せざるえませんでした。
私が小学三年生になる頃に紙芝居のおじさんが公園にやって来た!という噂が町に流れ、学校が終わってから公園に駆け足で向かったのですが、そこにいた紙芝居のおじさんは私の知っている紙芝居のおじさんではありませんでした。
またその頃には時代が変わったのでしょう。
紙芝居のおじさんを見る為に子供達で溢れ返っていた公園には、パラパラとしか子供はおらず、凄く淋しい感じの雰囲気で、私も知っているおじさんではなかったことに肩を落としてその場を立ち去ったことを思い出します。
それからしばらくして、私の知っている紙芝居のおじさんが亡くなったという話を母親から聞きました。
なぜかを聞きたくもなく、ただただ悲しかったのを覚えています。
私に沢山のことを教えてくれた、名前も知らない紙芝居のおじさんのことを今もたまに思い出します。
「ありがとうね…おじさん」
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