私はどこから来たのか、私は何者か、私はどこへ行くのか-1 | キャリアウーマンは魔女になる

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1.キャリアウーマンへの憧れ

  私のキャリアウーマンへの憧れの始まりは、テレビで観た「スーパーマン」のクラーク・ケントの恋人である新聞記者ロイスがタイプライターを叩いている姿だった。(この頃はキャリアウーマンではなくワーキングガールと呼ばれていたが)タイトスカートのスーツに身を包み、ケントに言いたいことぶつけている女性こそ私の女神。できる女性はキィを叩くこと、これがキャリアウーマンへのインプットであった。

 

その頃ちょうど6歳。

ある時近所の八百屋さんへ母に連れられて行った。その頃のお勘定の仕方はおっちゃんが算盤で弾いて計算。

ところがそこの店の看板娘が突如レジ打ちをした。もちろん、今のスーパーのようなレジではなく、算盤で計算してからの金額をレジのレバーを操作していたような覚えはある。

だがこの時のカッコ良さは、生涯忘れられない出来事であった!!!

おっちゃんができないレジを娘がいとも簡単に操作してお釣りを出している姿に釘付け。

「私はキーパンチャーになる!」という最初のキャリアウーマンの姿を見出した。このキーを叩く姿への憧れはなんと中1まで長く続き、とある時に母から質問された。

 

母「あなたは一体何になりたいの」

私「キーパンチャーとなってレジを打ちたい」

母「…!。あなた、馬鹿じゃないの? そんなことしても一生働けないわよ。」

私「エっ!なんで?」

母「世間ではね、女は会社勤めなんて一生できないのよ。女が働こうと思ったら、資格を取るしかないの」

 

この母の言い分を解説すると、母は田舎で育ったことが嫌で高校卒業後、全寮制の看護学校へ進学し看護師となった。

すぐに父と出会い結婚して看護学校の教員になった。母はずっと閉ざされた寮と病院、家と看護学校という世界しか知らない。

母には会社勤めの妹がいたがいつも愚痴をこぼして出社拒否だった。

母にとっては男女不平等な職場で辞めたがっていたようにみえたらしい。

真実は英語が得意で日本を脱出したかっただけで、後に国際結婚でアメリカに移住することになる。つまり私の叔母こそ跳んでる女性であった。ゆえに型にはめようとする母に反抗していた妹だった。

ところが母は妹の勤めが長く続かないのは、女性が会社に腰掛としか思われていないためと勝手に思い込んでいたようである。

反対に母自身は私の受け持ち教員からも立派な看護婦長さんと尊敬されており、私には絶対の人であった。ならば資格のある医療者となります。と答えたところ、母の口から出てきたのはこんな言葉であった。

 

母「でもね、男の人と一緒に働こうと思うと大変なのよ。」

私「医療職でも?さっきは資格あれば一緒働けるって言ったじゃない?」

母「あのね、長時間の手術とかなったら女性は困ること多いでしょ。例えばトイレとか、男の人と同じ時間と同じ場所でトイレできる?」

私「そうか、男は立ち〇〇できるけど、女性はそういう訳にはいかない。すると女性ばかりの職場でないと、トイレにも行けないんだ。」妙に納得。

 

そういった母は私を看護婦にさせようとしたのだろうが、私としてはそんな感情的、性差と職業的差別がありそうなところへなんぞ、決して行くまいかと思った中1の夏。絶対キャリアウーマンになってやる。バリバリ働いて稼ぐが理想の姿だった。

何故はない!

ただおっちゃんよりもすごい娘がいてテレビと同じように誇らしげにレジを叩く姿こそ、キャリアウーマンという姿だった…。