4月16日11時、先日歩いたところだが、もう一度歴史に触れたいと石那田の一里塚(江戸日本橋から30里目)から歩き始めた。

まもなく「二宮尊徳先生遺跡 石那田堰」の案内がある。

なぜここで二宮尊徳?? 尊徳は小田原藩だったはず・・調べたら、のちに幕府に召し抱えられ、そして日光奉行の配下で農地開拓や治水の役人をしたとあった・・なるほど・・この辺りは村と村の水争いが絶えなかったらしい。

尊徳の指導で7~8年の歳月をかけて堰が築かれ用水が引かれて水争いも無くなった様だ。

石那田堰跡には尊徳の像がある。

 

リンゴ農園の看板が立っている。リンゴ狩りも出来る。

道路わきにリンゴ直売・野菜直売所が店開きしている「よってみらっせ

 

海老王子」バス停??? 海近でもないのに??? 

日光杉並木の植栽の杉苗は熊野から運ばれて、熊野の杉職人がここ石那田に滞在した。

この人達が、ここで獲れたザリガニを海老と呼んでこれが地名になったとある。

王子は熊野九十九王子に由来する。

 

お願い地蔵」が街道脇に鎮座している。

享保15年の造立とあるから約300年もの間行き交う人達を見守り続けてきたのか!!

 

16時過ぎ宇都宮市と日光市の境に着いた、日光市標識がある。

いよいよ日光か!!

田んぼの水鏡が美しい! 

菜の花畑がきれいだ!

新緑の山並が美しい!

 

日光市街地まであと10キロ・社寺まで18キロ。

山口辺りで桜並木は終わり杉並木に切り替わる。

 

杉並木街道の標識と並木寄進碑がある。

 

将軍家康の側近として勘定頭(勘定奉行)を務め、また秀忠、家光に仕えた松平正綱が寛永2年(1625年)頃から約20年の歳月をかけて杉並木を植栽し、家康33回忌に東照宮に寄進したとある。

 

・・日光杉並木は、日光東照宮への参道である日光街道/日光例幣使街道/会津西街道に植込まれた全長約37キロの世界一長い並木だ・・

 

杉並木の旧日光街道は車の往来もほとんどないので往時に思いを馳せながら17時19分、大沢宿に入った。

 

帰路はバスで大沢からJR宇都宮駅に引き返し、定番のビールでのどを潤し(もちろんお供は餃子)、新幹線に乗り込んだ。

 

スギ花粉で肌がヒリヒリ目がかゆい鼻も😢😢  

街道歩きはしばし休憩😢