佐藤愛子先生ご逝去の報をテレビで知った時、その場で腰から崩折れるようなショックと寂しさに包まれました。
「愛子先生、102歳大往生とはいえ黄泉の国に行ってしまわれたのですか。信じられないのです」
すぐにも娘さんの響子さんとお孫さんの桃子さんに会いに飛んでいきたかったけれど、その日は心沈めて二日後にご自宅にお別れに行ってきました。仏間に飾られていた先生お気に入りの懐かしい写真の前で、3人で抱き合って泣きました。まだそこにいらっしゃるような気がして、先生を真ん中に今度は笑って4人で記念写真を撮りました。
おこりんぼと言われた愛子先生にどうゆうわけか私は「佳子さん」なんて言っていただいたりして、優しくしていただいた。大好きな一番大きなお姉さん。私が苦しい時、病気で弱っていた時、病院まで先生のお手紙や送ってくださったご著書でずいぶん慰められました。ありがとうございました。純文学ではないエッセイでも心の底から笑い転げたものです。どうして文字を通してこんなに笑わせてくれるのかと不思議でなりませんでした。
思えば、直木賞受賞作「戦いすんで日が暮れて」1970年初出の頃、まだ若かった東映女優の私は先生の大ファンとなり、今日に至ったのです。それから48年経った、2018年にとうとう愛子先生自身を演じた朗読劇「九十歳。何がめでたい」は私が石井ふく子先生の演出でと切望し、プロデューサーのようなことまでしてしまった私でした。役者と作家としてこの作品を残せたことは私の誇りでもあります。
初日舞台を愛子先生も観劇に来てくださった時、95歳を超えていましたのに、ハイヒールを履いて背筋が伸びたお洋服の着こなしは、凛として美しく、楽屋中大騒ぎになりましたね。
愛子先生が98歳の時に二人きりで駒沢公園を散策し、カフェでお茶をしながら一緒に昼食をたっぷり食べたあの日のことは「『作家と女優のある日。』というタイトルで載せたいくらい楽しかったわ。」と喜んでくださった。私にとっても忘れえぬ日になりました。


ああ。愛子先生、愛子先生!もうこうして触れ合うことはできないけれど、私も挫けずに95歳まで頑張ってみたいと欲張っています。先生の明るい優しい強いパワーが欲しいです。愛子先生別れがたいんです私。甘えさせてくださいませ。さよならは言いません。 佳子




