1日
やはり暖冬なのか、日中はストーブつけずとも過ごせそうだ。前日との寒暖差が激しいために、強風が唸りをあげている外へと、恐る恐る出てみる。鳶が撃ち落されたみたいに風の勢いで空を下降していった。記憶にある二月の、あの凍てつく空気はどこにもない。やはり暖冬なのか。


2日
朝、窓を開くと向かいの屋根で、鵯が咥えた金柑を雨どいに落としてチョンチョンと遊んでいた。木立の中を歩くと、落ち葉の中から雀の群れが空気を震わせて飛び散った。畑の脇の石仏に、誰かが供えた昨日のお握りは、彼らの食事となって、お米粒を数粒残して今日は消えていた。


3日
節分。夜、窓から外へ大豆を投げて鬼を追い払う。暦では明日から春だから、災いを外に追い出し、新しい季節を迎えようと先祖が続けてきた事を私も行う。静かで寒い今夜、家々から追い出された厄災という鬼が何匹も外を彷徨いているのか。年齢と同じ数食べる豆が、また一粒増える。人魚歳時記 如月三日


鬼払う窓辺で香るヒヤシンス

鬼逃げた窓辺に香るヒヤシンス

鬼逃げてただヒヤシンス香る窓辺

 

4日
朝の逆光の中、裸木の細々とした枝に、たくさんの、お腹の膨らんだ冬の雀たちが止まっている。全身を丸々とさせ、温かくなるのを待っている。雀の実のなる不思議な木を見ているみたいな気持ちになった。


5日
朝、枕の上の頬に触れる髪が、ひやりと、氷のように冷たい。最近の天気予報はあまり信じていないが、やはり今日は降るのか――と思っていたら、予報より早い時刻より白いものが落ちてきた。一昨日の節分の夜にまいた豆の残りが雪に埋もれてしまい、鳥たちも困るだろう。


6日
昨日の事――積もる雪が音を吸収し、辺りはシンと静か。摺り硝子ごしの雪が、ヒヤシンスの香りまで吸ったかのよう。
雪の反射で、天井近くの壁が明るい。
夜、二階の窓を開くと、一階の屋根は雪に覆われ瓦も見えず。そこに私の机のスタンドが、橙色の楕円を作っていた。

#2
冷たい曇り天。雪がすっかりとけた午後。道のわきで白い猫と思ったのは、誰かが作った大きな雪の玉。
雪の残した湿り気に、梨園の古木を被う苔も緑鮮やか。こんな日は、見慣れた里山も蹲る巨獣のようで、寒空の下、低い吐息までもが聞こえてきそうだ。




7日
ちょっと心配事があったけれど、無事に解決。安堵して、午後に犬の散歩。二月の空に、白い昼の月がやけに大きく出ていて、その横で鳶がくるくると、いつまでも回っていた。


8日
節分の翌日の愛犬の散歩。犬の歩みがいつもより遅い。各家々の前に豆が落ちていて、それを食べ食べ歩いている。「消化不良をおこすよ」とリードを引いたけど、一軒だけ豆が見あたらない家があり、「売家」の札がついていた。鬼の避難所かもしれない。歩きながらふっと笑った。


9日
朝は睡蓮鉢やバケツの水に薄く氷が張る。朝食後に愛犬と散歩。ホームセンター裏の小高い丘に登る。細い道の両脇には常緑の草。笹の葉に一匹の銀蠅がじっとへばりついて動かない。周囲の気温がもっともっと上がるのをじっと待っているみたいに見えた。



10日
去年の六月、法事のお斎の席で隣り合ったので、コストコやらペットやら、共通の話題を探しつつ談笑した。「コーラは瓶入りが美味しい」と言い、お鮨をパクついていた人が今日、荼毘に付された。私だけの歳時記の如月の頁には、彼女の名が記される。命日で思い出す人が増えた。


11日
昔、高尾山近くの町に住んでいた。週に二回、午後に「エリーゼのために」を流してお爺さんが車で灯油を売りに来た。寒いし呼び鈴鳴らすから家の中にいればと言われたが、音楽が聞こえるとポリタンクを持ち、ブランケットにくるまり外で待った。そのひとときが好きだったから。


12日
駅前の家の大きな黒犬は、去年の夏に脳梗塞になった。以来、全然姿を見なかったので、駄目だったのかなと思っていたら、今日、ばったり出会った。ゆっくりと確かな足取りで歩いている。飼い主のお爺さんが笑顔で挨拶してくる。彼らにだけは春風が吹いているように見えた。



13日
回覧板を届けに行く。土間に上がると、お勝手に続くドア少し開いていて、そこからテレビの音と、灯油の匂いを含んだストーブの温気がむっと漏れてくる。老人宅の、その部屋だけは、寒明けてもまだ真冬の様相だ。


14日
二月の季語、薄氷。朝は簡単に見つかるが、昼は氷どころか汗がにじむ。薔薇の根元に牛糞やらの寒肥をまいたが、根が傷まないかと心配になってくる暖かさ。お隣の老人の、花粉に誘われたようなくしゃみがやたらと聞こえた。窓を開け放しているのだ。今日はそのぐらい暖かい。


#2
うらうらと温かな陽射しで甘ったるく匂いだしてきた白菜の間をセキレイが歩いている。温められた畑の土は空気を含んで膨らみ、いつもは急ぎ足のこの鳥も足を取られている。それでも、あちらこちらへせわしない。急な春日和に驚いているのかもしれない。


15日
家の近くに梅林がある。泉鏡花の「眉かくしの霊」を読んで以来、満開時には必ず枝先に顔を寄せる。薄い体を折りたたむようにして畳にぺたりと座る、なで肩の女性が放つのにふさわしい香り。戦前の美意識がどんなものか伝えてくれる香り。そんな白梅が今朝、数輪開いていた。


立ち枯れた草と造園屋の苗木。

 

16日
傷んだ林檎。冷蔵庫の隅に忘れたままの、ラップにくるんだ一握りのご飯。鏡開きに割り砕いたら、中までカビていたお餅。「こんなものですが、どうぞ」と、凍てつく早朝、霜柱を踏んで、木の下にまき、葉を落とした枝に刺しておく。冬季限定「小鳥食堂」はじめました。

17日
一月なのに蚊がいた。叩くと誰かの血を吸っていた。人間は刺されていない。蚊を媒介するフィラリアが心配で、散歩ついでに動物病院へ。冬は感染力がないとのこと。『彼女』のこととなると私が心配性になるのを知っている獣医さんの微笑が、安心と引き換えに面映ゆかった。

18日
庭の奥で猫が喧嘩をしている。すごい声だ。一匹は近頃このあたりを仕切っている茶虎君。先日はビッコ(この言葉使います)をひいていたけれど、どっこい、あの勇ましさ。相手の白黒を薔薇の足元まで追い詰めると、容赦なくとっちめている。私のビオラを蹴散らしながら。

19日
薔薇の冬選定をする。青薔薇が欲しくて、色々見て回っていたが、やめた。青い薔薇は、治療法のない難病の苦しみから死を選んだ人々を指すと知ったからだ。もし彼女がそうなったら、青薔薇を大切に育てよう。でもそうはならない。だからは私はもう青薔薇を植えることはない。

20日
閑散とした駅裏の道に、荷台が冷蔵ケースに改造された軽トラが停まる。ケースの中は切り身魚が並ぶ。土曜の午後に来る移動魚屋さん。『くじけた時には故郷の――横波、縦波、地獄波――俺たちの夢ぇ』と北島三郎の歌声が響き渡り、床屋のおばさんが、お財布持って駆駆け寄った。

21日
朝から雨。妙に暖かい。ゆるりと朝の身支度。お散歩に行けずに愛犬のわがまま止まらない。猫たちをいじめる。私の顔を見ながら、わざと私の掛け蒲団の上でおしっこをする。私は悲鳴をあげた後、泣きながら後始末しつつ、彼女と少々喧嘩。全て季節外れのお天気のせいにする。



22日
愛犬散歩。用水路の中洲で甲羅干しを終えた大きなミドリガメが川に滑り込む。道の側溝蓋の隙間から鼬みたいな小動物が頭を出し、目を凝らして近づくと、あわてて頭を引っ込めた。農家の庭の社の中で、お狐さんまでもが動きだしそうに今日は暖かい。空には丸い雲がプカリ。

23日
苺農家のハウスの前を通ると、扉が少し開いていた。蜂の飛ぶ音がする。『ドレミぶんぶん』と書かれた木箱が見えた。農家は購入した蜂をハウスの中に放し、苺の交配をさせる。むせるほど甘い香りがボイラーの熱気と共に漏れ、汗だくで働く農家の方たちの姿がチラチラ見えた。

24日
何でもない日。晴れて強風。交差点で停まると、前の車はハマー。路上での初遭遇。(これがそうか、ふぅん)と横を見ると、大きなお宅の庭で、薔薇と雑草が共に茶褐色に枯れきって、午後の陽光をシャワーのように浴びながら、風に嬲られるままになっていた。

25日
柔らかい土につけられたタイヤの窪みに霜柱が銀色に輝く朝。

#2
吹きやまぬ強風。体に物理的な負荷がかかり疲れる。午後に風の中を犬と歩く。晴れて眩しく、静か。デ・キリコの絵の中を歩いているよう。このまま歩けば夏に辿り着くような錯覚。子供の頃に思い描いていた未来と同義語の夏。決して訪れない平行宇宙のもう一つの人生。

26日
朝からバタバタしている。予定が入っているのに寝坊。用事を済ませて買い物。明日の夕食の食材を買うくせに、今夜の夕飯の材料が何もない。帰宅後あれこれ。気づくと胃が痛いのは空腹だから。お餅焼く。口の周りにきな粉をつけて、お箸を持ち、座ったまま五分間ほど熟睡。


27日
駅前に菊の御紋つけた街宣車を停めて、黒スーツの男が能登地震の募金をしているが人はいない。土曜に来るサブちゃんの歌を流す移動魚屋さんは、そそくさと河岸を変えてしまう。避難所の食事が粗末というニュース。犬の散歩でお財布持ってないと断る。空は青く澄んでいる。

#2
自分や他人のお財布をひっくり返して、転がり出た小銭をかき集めるような世相。澄みきって青い一月の空を見ていると、心だけは大金持ちでいられる。これからは、空を見て、余裕綽々でいくことにする。

28日
朝、全てが凍りついているが、睡蓮鉢の氷の下でメダカが動く。庭の隅で物憂げにしている黒猫が、雌猫を見つけて追いかけていく。隣家との境に植わる水仙に蕾がついた。買い物に行き節分の豆を買う。お店から出ると、空が霞んでいる。ヒュッと寒いが、春の兆しはあちこちに。

29日
昼前、庭の水道が壊れる。水道管の中で水が凍り、膨張したためだろうか、蛇口部分が外れてしまい、あらわな管から水が音をたてて流れ続ける。なす術なく元栓をしめて、水はようやく止まる。地下水なので温かい。地中って、こんなに温かいのかと驚いてしまう。

30日
暗くなってから外に出る。田舎だから、暮れれば宵のうちも深夜も変わらない。とにかく暗い。ふと見ると、庭の隅に知らないお爺さんがしゃがんでいるので、飛び上がるほど驚いた。が、なんてことはない、水道の凍結防止に誰かの古着のジャンパーを被せたのを見誤っただけだ。

31日
お風呂も済ませ、さて、寝るまでの間ゆっくり過ごそうとした矢先、ストーブが灯油切れで止まる。帽子に外套、ひざ掛けは腰に巻き、懐中電灯を持って給油のため庭に出る。寒くてげんなりしていたが、見上げれば満天の星空。あら外に出て良かったと、いつまでも金星を探した。

元旦
お蕎麦の上の海老の尾までバリバリ食べて越した年は夜に降った雨でしっとりと心地よい。小春日和を思わせる日中の後に十三年前とよく似た揺れ。町の放送に窓を開くと「能登半島」と遠い土地の名。暮れてから石川県山代温泉の友人にメッセージを送ると大丈夫の返事で安堵。 

2日
終日、渡辺茂夫のヴァイオリンを聴いて過ごす。今年は年賀状を書かなかった。元日から被災、避難生活は厳しいなと思っていたら、今度は事故。昭和の神童の音色を聴きながら、いただいた年賀状の返事を書くも、『おめでとうございます』を記すのに戸惑い、普通の便りとなる。

3日
大晦日にハムをいただき、それを見てたらモーレツにサンドイッチが食べたくなって、元日からレタスを買いにスーパーへ。毎年大晦日に大鍋いっぱいカレーを作っておくが、今年はそれがとても美味しくて、今日もカレーとサンドイッチ。そしてお雑煮。おせちの出る幕なし。



4日
道は混み、車高の低いピカピカの車が目立つ。運転席にはサングラスの若者。まだお正月なのだ。今年は新年早々に検査の予約を入れてある。入口に大きなお飾り。入院説明聞く老夫婦。検査の結果は長男と聞くと日程変更を訴える老婆。血管の脆くなった老人の採血にてこずる技師。

5日
蝋梅が咲いていた。愛犬の散歩コースに幾本かあり、そこが空き地なのをいいことに、枝先を指の長さほど手折る。香りは時空を超える。活け花を教えていた祖母の日本間、そこに集っていた戦前生まれの女性たち、彼女たちが醸すのは在りし日の日本。私には蝋梅の香りそのものだ。

6日
小豆を煮てぜんざいをこしらえる。糠床の手入れをする。お正月はぬかづけを食べなかったので、ゆるくなっている。大根がつかりすぎている。煎りぬかと昆布と鷹の爪を足してかき回す。鍋からたちのぼる湯気で台所は温かい。すべては日常のあれこれ。ケの日を営めるありがたさよ。

7日
お正月も終わり。田畑は枯れた土に覆われて、そこに影が動く。見上げても何もない。さらに首を後ろに向けると、すぐそこの空でトビが旋回していた。顔を戻すと、畑の向こうの雑木林や農家の家々が白く眩しい陽光の中にあって、幻を見ている気がする。七草粥は今年も食べず。



8日
スーパーの駐車場に白っぽい羽織袴の若者がたむろしている。成人式帰りか。ここぞとばかりに咥えている煙草の吸い方には慣れているのに、目はチラチラと泳いでいるのが新成人っぽい。特注品らしい町名と氏名を染め抜いた幟を車からはためかせる熱量の高さも新成人らしい。

#2
一昨年、私は恋をしたように、ある50年代米映画を連日繰り返し観ていた。サンフランシスコを舞台としたノワールフィルム。youtubeのコメント欄に初めて言葉を残した。最後に記した「日本から」の一言がきっかけだろう、一年以上経った去年、「二十年前、僕が十九歳で横浜に着いた日は成人の日で若者がネイティヴなドレスを着て街を歩いているのが印象的だった」と、イリノイ州の男性からメッセージをもらった。彼は主演のアン・シェリダンを称賛した私の言葉を喜び、ゲイリー・クーパーとの共演作品を教えてくれた。
SNS時代の邂逅を、成人の日の今日、思い出した。異邦人の目に映った成人の日の光景を想像する。それはなんとも美しい。


 

9日
読もうと思って、窓辺に置いた田中冬二、リルケ、浅葱りん、ポリドリ、尾崎翠。陽を求める愛猫が一番上で丸くなり、何も読めず。


10日
風吹く晴れた昼。韮を育てているハウスの前に、松の枝が一本、乾いた土に刺されて立っている。お正月の松飾だ。そこにかけられた新しい紙垂が風にひらめいている。静かだ。ぐるりと見渡して、数百メートル四方に人は私しかいない。


11日
地上を押しつぶしそうな空の裾が淡く染まる。凍える朝。結果を聞き終え表に出ると、病院の横に雲のかかる銀色の太陽。その傍らに今年の干支そっくりの飛行機雲。これから先一年間の時間の全てを好きに使えと言われたようで胸膨らみ、微笑む。ようやく今年が始まった心地。


12日
東京へ川三本超えて行った。スイカの残り289円。チャージの方法も忘れるほど久しぶり。ターミナル駅の雑踏に圧倒されて上手く歩けない。人と会って話して用事を済ませる。川は空を映して青い。帰り、夕日の中、枯れた冬の田園で盛大に野焼き。のぼる煙が雲と重なっていた。



13日
初雪。夕方、ストーブがピッピッと鳴って灯油切れ。カートリッジタンクを持って屋外に出ると積もっている。踏むとギュッ、ギュッと片栗粉の雪なので、しばし庭ではしゃぐ。その後、息を切らして屋外タンクから給油すると、手元が狂い、雪の上に灯油をぶちまけてしまう。

14日
昨夜の雪で、窓の一枚が凍りついて開かない朝。金魚草が、厚くまとった雪に埋もれている。陽が昇ればビチヤビチャ溶けていく。散歩。葉が全部落ちたので、入り組んだ枝の中に巣があるのが丸見えの大木。大きい巣なのでカラスのか。雪を心配するも、巣立った後の空の巣だ。


15日
朝のゴミ出し。道に雪が残っている。誰のしわざか、雪に描かれたハートに気づいたが、45リットルのゴミ袋があってはよけられず自転車で横切ってしまう。戻った時によく見ると、私のタイヤ痕はぎりぎり真横を通っていたが、さっきはなかった靴跡でハートは踏まれている。

 

16日
弱雨の中で鳥が鳴いている。明けた薄墨色の空を見ていたら、血が通いだした様に色づき、酔ったような薔薇色へと移ろった。この美しさを誰かと共有したいと思うも、瞳の数だけ世界はあり、独りでしか真を得られないことを思い出す。そう思えるほど歳を重ねたことが嬉しい。


17日
風――吹き荒れて木々が暴れている。何かが飛ばされ、転がる音。まだ暗いが起きる。身支度を整えていると、風のうなりの間からサイレンが近づき、どこかに吸い込まれていく。薄明りの中、鏡を見て慌てて口角を上る。微笑んでいると、急病人を乗せて救急車が走り去っていく。




18日
裏の笹薮に鎖が絡まり、大きな犬が動けずにいる。カーミングシグナルを送ると、激しい警戒を解いてじゃれついてきた。裏の家の娘さんと飼い主を訪ねた。敷地を出ると犬小屋は死角となり、姿が消えた。冷たい風が吹くと必ず遠吠えが聞こえ、焦がれる私は風上へ顔をやる。


19日
買い物帰り山寺に寄る。上田秋成「雨月物語」の一編「青頭巾」のお寺。稚児の腐肉を啜って鬼になった僧が骨になっても読経を唱えていたお堂の前で、その深い執着と欲望の源は何かと考えていたら、頭上の枝に烏が止まり鳴きやまない。鈍色の空に南天の赤が鮮やかだった。

19日#2
帰宅すると、物置の庇の下に黒く細長い蛇が死んでいたから、薔薇の脇に埋めた。



20日
寝るのが遅くなった。湯たんぽを作り、トイレに入る。背後の窓の外を風が通っていく。そして何者かの足音。そこは野良猫の通り道。今も彼らの肉球が、枯葉を踏んでいるとは解っているけれど、『新しい年を迎えにいった冬の足音』だと思うことにする。


21日
眠れなかった。マドンナの『I Deserve It』を聴く。起きると目が回る。愛犬の朝食の鶏レバーの匂いが辛い。完全に寝不足だが、生きてこなかった人生を夢想し、夜の中で生き直したかった。現実に戻ると外は霜で真っ白。ほらね、世界は凍って停止して、私を待っていた。


22日
ばら売りの玉ねぎを買う。じっと見ていると「ワタシヨ」「コッチヨ」と声が聞こえる気がして、どれにしようかのんびり選んだりしていたが、ふと周囲を見渡せば、スーパーの店員皆がサンタ帽を被り、目を三角にして忙しくおせちを並べていたりする。あぁ、年の瀬だ。


23日
シャンプーが終わり、迎えに行った動物病院。迷い犬ポスターが壁にない。「飼い主さんが諦めてもういいと」とのこと。病院がトリミングを来年から辞めるという。帰宅してお昼。スープを作る。焦がして火傷もする。慌てている。アマゾンで犬用ドライヤーを見つけないと

23日#2
残りの柚子九つ浮かぶ湯の中で、ふぃっと、うたた寝。気がつくと、乳房の間に黄色い一個が浮かんでいる。浴槽の縁に、片方の踵が載っていた。



24日
牛肉を物色中にジョンの歌声が聞こえ、ヨーコの「andハッピーニュイヤー」の声が重なる。買い物から戻り、ニュースを見て心に波。犬の散歩。曇った寒い空は黒蝶貝そっくりに鈍く光り、裸木の細かい枝がヒビのよう。ここに華やぎはないが平和はある。ふと焚火の匂いがした。


25日
金属の天使が五人、輪にぶら下がっている。その下に蝋燭を置くと、炎の熱で音もなく回りだす。壁を見ると、天使の影がくるくる回っている。大好きなクリスマスの置物だった。飽きずに眺めた。今それは手元にないが、眺めていた時の、あの気持ちは、まだ胸の中に鮮やかだ。


26日
支払い買い物おせちお餅掃除云々。煽られやすいので、年末は戒めても忙しい気持ちになる。梨農家ばかりの集落を犬と歩く。農家の方々が来期へ向けて、黙々と梨の木の枝を剪定中。日々の仕事を粛々とこなす「ケ」の日が好きだ。パチンパチンと響く鋏の音を、この胸に刻む。


27日
「裏はふかしたてを売る饅頭屋、魚屋、豆腐屋、八百屋と雑貨屋もあった。今はつぶれた洋品店は元は劇場。『野菊の墓』観たね。皆が車に乗ってモール行くからなくなった」老人の話を聞く。今よりよほど活気のある、ここが村だった時の光景が、幻みたいに頭に浮かんだ。

27日#2
夕方、窓を開く。空の裾が薄紅色に染まっている。一瞬、シチューの匂いが、どこからか流れてきた――そんな錯覚が起きる。流れてきたのは記憶の中から。子供の頃の、冬の夕餉の匂い。何かの幻に捕まったらしい。



28日
蒸した餅米でお餅を作る。鏡餅も作る。熱くて掌が真っ赤になる。餅とり粉で袖が真っ白。終わればお飾りを急いで取り付ける。末広がりの八がつく、二十八日に飾るのがいいと昔聞いてから、律儀に守っている。明日は餅切り作業。たまには旧習に合わせる生活も悪くはないかな。


29日
年末の祖父母の家は酸っぱかった。靴下の足の裏が凍りそうなほど畳が冷たい。そんな日本間に、おせちのお重が置いてあった。それは料理より工芸品に見えた。今、熱心におせちを用意しない。酸っぱい匂いがしない年末年始は、私にはだらりとした休日にすぎない。


30日
朝早く、庭の隅まで行くと、猫車にたまったいつぞやの雨水が凍りついていた。氷の中に、木蓮の枯葉が固まっている。
昼、氷はまだ溶けない。猫車を傾けると、枯葉は少し動いて、周囲で気泡がたった。今年の水を持ち越してはいけない気がして、妙に必死になっている。


大晦日
『牛込矢来山里の寓居に除夜の鐘をききながら花をいけていると……』長谷川時雨の大正十年元日の日記の書き出し。戦前、物を書く女性で、時雨のお世話にならなかった人はいない。若い夫三上於菟吉を流行作家にし、「桜吹雪」の言葉を作った彼女の、静かな年越しの様子を見習う。

1日
庭で洗車。馬の体を洗うようだ。佇まいが少年のように感じて「坊や」と密かに呼んでいる愛車。凍りつきそうな空気の中、いつも私を助けてくれる坊やの、深い海の色した車体に浮かぶ水滴を拭いていく。来週は十二ケ月点検。傍らの乙女椿に、最初の一輪が咲いているのを見つけた。

 

2日
明日はお酉様。浅草のではなく、町はずれの山の麓、溜め池の傍らの木立に囲まれた無人神社に、山の向こうから神主さんたちが来て神楽を舞う。自治会の人たちがひっそり受け継いできた、それこそ年貢の取り立てが厳しくて百姓一揆が起きていたはるか昔からあるお祭りに明日、行ってくる。

『山間の 古き社に 祝詞流れ』


3日
午後遅く昼寝をする。湯たんぽを入れ、少し神経が尖っているので香水を一振りした。愛犬が身を寄せてくると、一緒に雪の原野を鉄道に揺られていた。少し怖いが、新天地への期待は膨らむ。車内は温かく、ピアノの音がする。目を覚ませば香りだけが残り、旅が恋しくてたまらない。

4日
稜線は馬の背のようになだらかで、紅葉の朱、黄、橙、常緑の重なる山肌に祝詞が吸い込まれた。今年もまたお神楽はない。感染症が……と、自治会の方は仰る。神楽堂に上がっていた面々は皆ご年配だった。静かに何かが終わっていく気配。緑の溜め池の上に鳶が回り続けていた。



5日
庭の草の中からボールが出てきた。すでに一匹いるから大変なのはわかっていたけれど、皆から見放されていたから引き受けた。生きることは楽しいと知って欲しかったけど、逆に私が教わった。犬と歩くのは幸福だ。逝ったのは今頃ね。まだここにいるね? ボールを草の中に戻す。

6日
ほこほこした午。通りかかった家の植え込みの向こう、カーテンが開いて居間らしき部屋が見える。卓上に乗せたミシンを前に、ソファに座ってスナック菓子を袋ごと食べつつ陽を浴び、うっそりした顔で情報番組を見ているおばちゃん。あぁ、なんて気持ちよさそうなんだろう。

7日
愛猫愛犬は可愛くて、アダ名や歌が次々できる。散歩中の後肢を見て愛しくなり、彼女の歌をうたう。田んぼ道で人がいないから声を大きくしたら、いきなり小さなお爺さんが、大きく育ったブロッコリーの向こうから立ち上がって、私を見て楽しそうに笑った。



8日
幼い頃、旅先で夕日を見て泣いた。里心がついたなどと、周囲の大人に慰められた。幼いからそんな風になったと思っていたけれど、今日、隅々まで西日が染みこんだ風景の中を歩いて同じ気持ちになった。老婆になってもきっと、それは胸の奥にあって、消えないのだと気づいた。

9日
『故人お預かりします。生前予約受付けます』葬儀場の前を歩いていたら、こんな立て看板があった。足を止めて、書かれてあることの意味を確かめる。すさまじいものもを見てしまった気分で言葉もない。

10日
部屋に戻って窓を開くと、たった今まで水を注いでいた植木鉢の縁や、さし直した支柱なんかにジョウビタキがチラチラ飛び移って遊んでいる。秋に渡ってきた頃より、橙色のお腹はまん丸だ。私が知らなかっただけで、ああして、外のいろんな場所を、彼らと共有していたらしい。

11日
空気が冷たく乾いてくると、音の通りがよくなるのか、遠くの電車や踏切の音が、驚くほど近くで聞こえてくる。終電が終わった深夜には、貨物列車の音がする。蒲団の中で、真っ暗い田園の中を貨物列車が走っていく風景を想像すると、どこか懐かしく淋しい、でも楽しい気持ちになってくる。



12日
凍えるような早朝、トラクターから降りたお爺さんが、畑の際で背を丸めて立っている。通り過ぎてからバックミラーを見ると、彼の足元から湯気がたっていた。象が村の街道を歩いてイバリをし、そこに赤い椿が浮かぶ川端康成の「春景色」を急に思い出し、帰宅して本棚を探す。

13日
洗濯物を干していく。冷たい外気の中、脱水したばかりの衣服からは、含む水気がもくもくと、煙となって白くあがる。陽射しは温かいが、やはり冬。指の腹もまぁるく紅く膨らんだ。息を吹きかけ、健気な風を装ってみたり。時間と心に余裕のある時、家事はけっこう楽しい。

14日
特急列車が温泉に行く人々を乗せて北へ走っていく。昔、塩原温泉で按摩さんを頼んだら、盲目のお婆さんがいらした。「そこの峠、夕日に紅葉が真っ赤で」と仰るので、「目は」と尋ねると、「そのくらいは」とのこと。淡い視界に映る赤を思っていると、遮断機が上がった。

15日
あ、忘れちゃった、と思った。でも早朝から曇天で、昨夜は雨も降った様子。結局これではふたご座流星群も見えなかっただろう。舞茸を入れた干し網をしまうのを忘れ、軒下に出しっぱなしだった。青いネットの中、ひからびて散らばる干し舞茸が星に見えなくもない。

 

16日
洗濯物を干し終えて戻ると、昨日穿いていた靴下がくるりと丸めて部屋の隅に転がっている。洗い忘れちゃったと手に取ると、荒れた指先が引っかかる。お台所用のゴム手袋を買ってこないと……などと考えていると、ふと靴下の穴を見つけた。ゴミ箱に手を伸ばしかけ、やめる。繕って、まだ穿くことにする。

17日
買い物していると砂降りになる。山道から帰ることにする。ライトを灯し、ガスのたち込める道を行く。危ないと言われるが、行きに荒れた運転の車が目立った幹線道路は、もう走りたくない。紅葉する左右の山肌が拓ける頃、雨は上がり、遠く薄浅葱色の空が冷やりと美しかった。

18日
帰宅すると甘えてくるので、抱きしめて顔を埋める。ブラットベリの短編「使者」の犬も、外を走り回って様々な匂いをまとい、病弱な少年に季節の移ろいを教えた。私は犬の体の匂いが好き。風の中を歩いた今日は「冬の始まり」の匂いがした。



19日
駅裏の、いつもは閑散としている美容院の前を通ると、老人二人が「動くな動くな」と孫らしき赤い着物の女の子を人形のように立たせて、延々とスマホ撮影している。動かぬ女の子の結った髪に刺さる、銀色の短冊をいくつも繋げて下げた飾りがやたらとピカピカ光っていた。

20日
大学芋を沢山こしらえた。端から芽が出ているお芋があるので、深く考えず、そこを切り取り水につけたら、茎がどんどん伸びて、葉が何枚も出てきた。本当にどんどん成長している。どうしたものか。紫の薩摩芋。揚げると黒糖かりんとうみたいな味がして美味しかった。

#2
挿し木で育てた忍冬が大きくなったので、秋には地植えにしようと鉢を土の上に置いていたら、太い根が鉢底穴から地中へ何本も伸びていき、動かすことはおろか、持ち上げることもできなくなってしまった。もう冬だが、さて、どうする。


21日
夏は陽が落ちるとホッとしたが、今は朝の陽が嬉しい。窓を開き、雲一つない空を見る。眩しくて目を細めると、食べたばかりの朝食がお腹の中でこなれていくのが感じられる。あかぎれに塗った指先の水絆創膏が乾くまで、満ち足りた山の獣みたいに、うっとり陽を浴びる。



22日
山の麓の自然公園を犬と歩く。黄金色の葉が舞う中、動かない黒柴と年配の女性。こちらの犬が興奮するので、会釈をして通り過ぎる。少し行くと、私の背後で、これまた白犬を連れた老人が、年配の女性に何事かを尋ねている。
「両方とも義眼なんです」と、彼女は答えていた。

23日
昨夜は眠くなくてyoutubeで昭和のプロレスを観る。大きな会場が大入り満員で、物凄い熱気。見入っていると、今は令和じゃなくて、画面の中こそ「今」という錯覚を起こす。一夜明けて勤労感謝の新嘗祭。もう今年の新米は食べちゃった。外に出ると、小学生の落とし物らしいジュラシックパークの鉛筆を拾う。

#2

今、お風呂に入ったら、脱衣所にコオロギがいた。白いふわりとしたマットの上にじっと動かず、温かい浴室の方を向いてじっと動かない。虫も温まりないのだろうか。虫でなければ入れてあげるのに。


【訂正】
〇温まりたいのだろうか。

粗忽者です。ごめんなさい(/ω\)



『じっと動かず、温かい浴室の方を向いてじっと動かない。』
じっと動かないが繰り返されている。くどくて駄目。

虫なのに、こんなところまで来て、寒いのだろうなんて思ったら、いじらしくて。お風呂出るなり、クリーム塗る合間に急いで書いたら、やっぱり駄文になりました。推敲は大切。



24日
薔薇の世話をする。抜き忘れた雑草や剪定の甘い宿根草を見つけて、そちらの作業に没頭していると、何かに引っ張られる。薔薇の棘に服が引っかかっていた。「ワタシノコトヲシテ」と拗ねられているようで、甘えん坊だなと棘を外すと指から血が出た。意地悪さも薔薇らしい。

#2
朝食後にお風呂掃除。昨夜のコオロギはいない。東京の人と話す。電車に冷房入っていると言うから、車掌さんが暑がり?と応えたら、気温が高くて皆が汗だくで半袖だってさ。東京のコオロギにおなりよ。冬が越せそうだ。でも、きっとならないんだ。きっと。潔いよね。



25日
ツワブキの花が咲いている。向田邦子の短編「花の名前」で、夫の愛人ツワコに、妻がお名前はツワブキの花から云々と言うくだりを中学生の時に読んで、中年夫婦の機微ってこんなかと生意気に思った。そのくせ花は最近まで知らなかった。あの黄色い花は老年の方の家の庭に多い気がする。人魚歳時記 霜月 二 日


26日
冷蔵庫が空っぽなので買い物に行く。フロントガラスに落ちる雨粒は結晶化してグラニュー糖の状態。冷蔵品を選ぶ指先がかじかむ。帰宅してエンジンを切ると、車内から空を眺める。幼い頃の日曜日、どこかに出かけた帰り道に見た空と色が同じ今日の空。鳥が鳴く。あとは静か。

#2
空気が冷たくなったので、髪をおろすと温かくていい。柔らかすぎるほどの猫ッ毛は、顔の周りに綿毛の感触。帽子をかぶればすぐに痕がつく。もっと伸ばそうかな。絶対に染めない。もっともっと白くなればいいのに。そうなるまで、あと何回冬を迎えるのかな。


27日

小学生の集団と行き会う。「口裂け女が出たら――」女の子のお喋りが耳に入る。令和の今でもいるらしい。マスクにコート姿だからか、個人的には冬のイメージだ。昭和、平成、令和、と息が長いが、例のポマードは廃れた様子なので、出くわしたら、どうしたらいいのだろう。

28日
「土をこんぐらい掘って薩摩芋に藁かけて埋めてね、冬でも霜げないさ。あの頃は芋が代用食で」老人が昔の野菜の貯蔵方法を話す。細めた目は遠くを見ている。お芋の話を通して、そうやって生きてきたと訴えているようだった。なんだか哀しくて、人間て愛しいと思った。




29日
水菜とほうれん草と、まだまだ採れるよとピーマンを大量にいただく。ひとしきり洗ったり、ホタテ貝パウダーを溶かした水につけたりの作業をする。土のそばで暮らすというのは、畑の都合にこちらが付き合うということなのだな。本当は今、ピーマンそんなに食べたくない。

30日
台所に朝の陽がゆっくりと入る。硝子瓶は薄い灰色で際が白く浮き上がる。笊の中の青菜は濃淡を濃くして嵩を増す。何もせずにそれらを見つめた。外に出ると、耕された田んぼは一面が霜に被われて、ゴミ捨てに行く私が楽しい影絵となって映る。空にはまだ白い月があった。


(1年前のメモから)
皆既月食の赤黒い月。その周りでいつもより輝く星々。月と星の間を右から左へ飛んで行く飛行機の明かり。それらを二階の窓から見ている私と猫。

二〇二二年 十一月 八日 火曜日

1日
稲刈りが終わった田んぼの、コンバインのわだちに、昨日の雨が溜まっている。どろどろの泥水の中に、今日の青空が映っている。


2日
犬の散歩。向こうから来た初対面のお爺さんがやけにニコニコして、「アイちゃん、アイちゃーん」と私の愛犬を呼ぶ。アイなんて名ではない愛犬は変な顔して老人を凝視。お爺さんは私に「可愛いね。高いんでしょ、十万円?」と訊いてくるので、「拾った犬なんです」と嘘ついた。

 



3日
蛙が鳴きだすほど暑い。夕方、台所でキャベツを刻んいると、ここにはない紫蘇と生姜が鼻の奥で香り、あぁ、これから夏が来て薬味を用意したり、そうめんや冷や麦を茹でる日が多くなるなと錯覚して、すぐに、冗談じゃないよ、もう暑いのごめんだよと我に返った。


4日
秋の陽を浴びる里山の、陰影の濃い山肌の美しさに、たまらずアクセル踏み込んで、スピードを上げちゃった。


5日
前の家のお爺さんが、半野良の猫にご飯をやるようになった。半野良は、七年前に近くの田んぼで拾った(保護した)私の愛猫と妙に似ている。姉妹だろうか? 「妹ちゃん」と、その猫を心の中で呼んでいる。秋になり我が家の猫二匹の食欲も旺盛で、ご飯をねだってばかりいる。


6日
洗ったり、干したり、切ったり、茹でたり、出したり、掃いたり、畳んだり、と、生きるのに毎日こんなに沢山のことをしないといけないのかとため息つくのは自律神経の乱れだから、ツムラの漢方NO24「加味逍遙散」を白湯で飲む。季節の変わり目。妙に温かい秋。


7日
外耳炎の再診。動物病院の待合室。栗の渋皮煮のような鼻の「迷い犬」と黒い長毛の「迷い猫」の捜索チラシが壁に。夏からずっとある。「人懐っこい性格」と、どちらにも記されている。なら今頃は誰かに可愛がられているのか。これから冬が来るから、屋根の下にいて欲しいね。

8日
手押しポンプは錆びつき、水も汲めない古井戸。家屋の壁は、いたるところ漆喰が剥がれ落ち、組んだ竹の骨組みがあらわだ。庭には柿の木一本。食べる人もいないのに、そういうところに限って、どこよりも艶々とした実がたわわだ。



9日
羽虫が左目に飛び込んできたから、反射的に瞼を閉じる。朝のゴミ捨て。パンパンに膨らんだ四五リットルのゴミ袋を自転車のハンドルの間に乗せて走っているので止まれない。老人が挨拶してきたから、私は笑顔を作ると「おはようございます」とウインクつきの挨拶を返した。


10日
歳庭に来る大きな茶虎の雄猫が、水に飛び込む水泳選手みたいに両手を前で揃えて茂みから飛びだすと、そこで何かをやって、ぷぃっと急に走り去る。鳥かな? 洗濯物を干し終えて行ってみると、モグラが転がっている。ぜんぜん動かないので、スコップを取り出し、地中に戻した。


11日
庇の下で大きな蜘蛛が自分の糸にぶら下がったまま死んでいた。巣を張る途中で死でいた。

夕飯後、談笑していると、外で何かの音がする。ハクビシンかなと気になって、いつになく身軽に外に出てみると、暗闇の中で落ち葉が風にあおられカサカサした音をたてていた。


12日
町の文化祭に作品を出すと写真愛好会員の年寄りが言うので、買い物帰りに町の箱物ホールに寄る。民謡やステージの方から音楽が賑やかだ。これからフラダンスを披露するというお婆さんが、びっくりする化粧と服装でいそいそしている。民謡歌ったり、演奏したり書道や絵画も飾られている。皆さん元気だ。



13日
愛犬に鹿肉を与える。安価と安心を求めて検索して見つけた北海道の猟師のHp。電話で注文する方式。かけてみたら話が弾んで長電話。届いた肉は見事だった。名寄。知らない町。市のHpにライブカメラがあるので見た。ここで生きていた鹿を愛犬は食しているのかと思う。数年前のこと。

名寄の猟師さんは今は鹿肉の通販をやめてしまった。先日youTubeで羆駆除の動画をあげていらっしゃるのを発見。三毛別羆事件など、羆のことを電話で話したのを思い出す。今はエゾシカの猟期。名寄市のライブカメラは今でも時々見る。今日見たら、町は雪に包まれていた。


14日
もつれた毛糸をほどくようにしてダンギクとメド―セージとガウラを剪定する。やらなくちゃとソワソワしてたが、十五分ほどで終わった。防草シートの上でくねるミミズを土の上に移動させた。田舎に住んで蛙、ヤモリ、芋虫が触れるようになったが、ミミズは今朝が初めて。


15日
草ものびなくなった庭にタヌキが来る。兄弟らしい。二匹で来ては、睡蓮とメダカを入れたトロ船の水をチロチロと飲む。メダカは食べないので、そこはすっかりタヌキの水飲み場になった。一匹は私を見ると飛び上がって逃げるが、もう一匹は、飼い猫みたいに近づいてくる。
 

 

 

1 或る青年のつぶやき

 お母さん、あの夜の、海辺の町での音楽会のことを覚えていますか?
 僕は、今夜また、あの町を訪ねようと、今、列車に乗ったところです。
 お母さん……待っています。


 

2 山門前のお祖父ちゃんの食堂で

 朝から雪が降っていました。
 学校はテスト休みに入ったので、私はお祖父ちゃんのお店を手伝いました。
 お店というのは、海を見下ろす山門前の、古い食堂です。
 今夜は、その山のお寺で、お祭りがあります。

 昔は参拝客で賑わったといいますが、今ではちっともです。

 特に今日は雪のせいで、それこそお昼になっても、お客様は一人もありません。

 雪の結晶をつけた、氷のように冷たい窓から外を眺めてみても、誰一人として歩いていません。昔は近くのリゾートホテルで、よく音楽リサイタルが開かれていたのですが……。
 そのホテルも数年前に廃業して、今では海を見下ろす丘の上の廃墟となっています。
 

 つけっぱなしにしているお店のテレビから、昨日起きた、外国の海に墜落した旅客機のニュースが、朝から何度も流れています。

 

夕刻になって、ようやく一人のお客様がありました。
 その人が、お店のすり硝子のはまった引き戸を開くと、冷たい風と粉雪が店内に吹き込み、ゴォーという海鳴りが聞こえてきました。



3 お祭りのいわれ

「いらっしゃいませ」
 テーブルまで、温かい丼を運びました。
 お客様は、高校生の私よりも三、四歳ほど年上でしょうか、初めて見る青年です。
 彼は湯気を浴びながら、お祖父ちゃんがこしらえたワカメの入ったうどんを静かに啜っていました。
 冬至ですので、金柑の甘露煮の小鉢もお出しすると、お客様は、ふと顔を上げて、
「そこの山門を上がったところにあるお寺に、今夜、蝋燭をお供えすると、逝った人が戻って来てくれるというのは本当かな?」
 と、尋ねてきました。
「そう言い伝えられてはいますけれど……。土地の人間しか知らないような小さなお祭りですから、だいぶ廃れてしまいました。お客さんは余所の土地の人のようですけれど、ずいぶん詳しいんですね」
「いや、物好きなだけで……」
 青年は恥ずかしそうに笑うと、すぐ真顔に戻って、さらに訊ねてきます。
「どうしてこんなに寂しい、厳しい季節に、わざわざお祭りをするのだろう?」
「……さぁ」
 私も答えようがなく、困ってしまいました。

 すると厨房からお祖父ちゃんが出てきました。
「このあたりはね、今日のように、昔から今頃になると雪が盛んに降ってね。そうすると誰もが寒さから無口になり、町の中は静かになってしまう。逆に冷たい海は、凍ることもなく白い泡をたてて波がうねり、海鳴りが轟く。海がいつもより躍動しているように見える。冷たい死の海から、命無き者が、あの波に乗って戻ってくると思えたらしい。誰が始めたのかは知らないが、死者が迷わないように、上の寺に目印の灯火を置いたんだ。漁師町だから、昔から海では沢山の人が亡くなっている。彼らに会いたい人は、この土地には多くいる」
 

青年は金柑を口に入れながら、お祖父ちゃんの話に耳を傾けていましたが、
「実は、昔、一度だけ、この土地を訪れたことがあるんです。やっぱり冬至の日でした」
 そう言って、お代を払い、お店を出て行きました。



4 或る青年の独白

 お母さん、僕はあなたに訊ねました。
「あの灯りは何だろう?」
 でも、あなたは首を傾げるばかりで、熱心にチェロを弾き続けていたのです。
 あの時の僕は、とても緊張していましたよ。なにせ、「

「音楽に専念したいから」

と、お母さんが家を出て行ってから、実に三年ぶりの再会でしたから……。
 その三年の間に、僕は高校生になっていました。
「来週には外国に行くのよ。これから何年もかけて、様々な国を演奏旅行で回るのよ」
 お母さん、あなたは僕に、そう嬉しそうに言いましたね。
 僕は哀しく、そして寂しくてたまらなくなり、急いで部屋を出ました。
「何処へ行くの? リサイタルの時間までには戻ってきて。席を用意しているのだから」
「……うん」
 ドアを閉めながら、チラと室内を見ると、お母さんは椅子に座ったまま目を閉じて、もう僕を忘れて脚の間のチェロを弾きだしていました。
 外はとても寒いので、僕はホテルの中をしばらくうろついてから、部屋に戻りました。
 すると、そこには、あの男の人がいたのです。ロビーにあったリサイタルのポスターにも顔写真が記載されていた、お母さんと一緒に世界を回るピアニストです。
 お母さんは、彼の腕の中にいましたね。
 だから僕は開きかけたドアをそっと閉めると、今度こそ雪の降り出した夜道を歩きました。

 海鳴りを聴きながら、どうかお母さんのことを忘れられるように祈り続けました。
 薄暗くなって来たとき、灯りが向こうから近づいてきました。
「ねぇねぇ、ママ。この灯りを見たら、パパはきっと私たちに会いに、海から戻って来てくれるわよね」
 ミトンをはめた手で赤い蝋燭を握りしめた女の子と、その母親であろう、まだ若い女性でした。
 二人は海の方へと、闇の中を消えて行きました。
 僕は振り返り、ミトンの小さい手の中でチラチラ揺れる炎が、薄闇の中、鳥居をくぐり山門の階段を上がって行くのをずっと見つめていました。
 

 あの夜から四年が経ち、ホテルは今、丘の上で、塩辛い風に吹きさらされた廃墟になっていました。
 真珠のように輝く白い外壁いっぱいに施されたモザイクタイル画の、タツノオトシゴや人魚たちは、かつての華やかな姿を辛うじて残しているものの、建物の中はガランドウです。
 入り口の硝子戸は割れてなくなり、ロビーだった空間には、もう誰も座らないソファやテーブルが並び、その奥には無人のフロントのカウンターが、埃を被って残っています。
 ガラスのなくなった、雪の吹き込む窓辺に立ってみると、ずっと向こうまで広がる黒い海があり、その手前に、お寺の伽藍が黒く浮かび上がり、チラチラと揺れている小さな炎が見えます。ワカメうどんを食べた店を出てから僕が備えた蝋燭です。
 あの灯りを見て、僕の心は晴れやかです。
 お母さんは、もう誰の手も届かない海にいるのだから……。
 だからどうぞ今夜、僕のそばに来てください。遠くの海に落ちた旅客機に乗っていたお母さん。

 この海を見ながら、僕は今夜、ずっとここで待っていますから。



5 祭りの夜に聞こえる音色

 雪は降り続いています。
 夜も遅くなりました。
 もう誰も来ません。
 お祖父ちゃんは火を落として、厨房の片付けを始めています。
 店のテレビでは、外国の海に墜落した旅客機事故の続報を流しています。乗客の中には、日本人も数人いたようです。
 暖簾をしまおうと外に出ると、身を切るような冷たい風に乗って、どこからかチェロの音色が聴こえてきました……。
 いいえ。雪の降る夜です。空耳に決まっています。
 私は凍える指先に息を吹きかけると、暖簾をはずして、急いで中に入りました。

 

 

 


 

 #88『実家の空井戸』

 

二親とも他界し、実家はずっと空き家だ。元は農家なので敷地は広く、家屋の他に納屋や選果場、空井戸もある。

田舎で地価は安いが、更地にして売ることに決めた。

久しぶりに訪れ、点検して回る。

空井戸の蓋を開けると、底で両手を着いてしゃがみ、顔を上げている。目が合ってしまった。

急いで蓋を戻した。

 

 

 

#89『嫉妬』


夫は彫刻家。

モデルは私が務めています。

来る日も来る日も粘土の乳房やお尻を揉み、盛り上げ、背中や太腿を撫でさする夫を目の当たりにして、私はとうとう我慢ならず、完成した女を殴ってやりましたが、ブロンズの体は頑丈で、私の方が粉々に砕けました。

 

 

 

#90『庭は墓場』

 

貸家に住んで一年。
最近、愛猫が逝き、悲しみを花づくりで紛らわす。
「あら、猫ちゃんは?」
お隣の奥さんに訊かれたので、死んだと答えると
「遺体はどーしたの?」

と訊かれたので、
「ペット葬儀社でお骨にして――」

と答えると、
「前に住んでいた方も猫をたくさん飼っていたわ。でも全て死んで、皆花壇に埋めたと言っていたわ」

と、言われた。

 

 

 

#91『廃屋の隣人たち』

 

狸やハクビシンに畑を荒らされた。

増えてきた空き家に居着いて夜に悪さをしに徘徊するんだと、老人たちが嘆き合う。しかし廃屋群に灯りが灯るようになり、誰か知らぬが奇特な人がいてよかったと皆は歓んだ。

ボロ屋の窓に映る住人の影に太いシッパがあるのも気づかずに。

畑はその後も荒らされ続けた。

 

 

 

 

#92『発掘した再会』

 

彼女が逝ったのは、僕が二五歳の時。以来、三十年以上、遺跡を相手に仕事をしてきた。

幾千年も昔の栄華を砂の中から蘇らせるのだ。

しかし、今回完全な形で見つけた若き王妃の木乃伊は似すぎていた。干からびているとはいえ彼女そのものだ。

僕は全てを放り出し、中央亜細亜の砂の中に、共に眠りについた。

 

 

 

#93『母がいる星』

 

宇宙飛行士の父は、船外活動中に命綱が外れ、なぜかセルフレスキュー装置を作動させず、宇宙に放り出されたまま、帰還しませんでした。

「火星と木星の間を回る四千もの星のひとつに、十八年前に娘の出産で命を落とした妻の顔が浮かぶ星を見つけた」

船内に残された父のノートには、そう書かれてありました。

 

 

 

 

#94『チビッ子世界――作家と編集長』

 

チリンチリン、鈴の音がします。

窓を開けると、お隣の二階の窓が開いていて、こちらを見る綾ちゃんの姿があります。

淳君は急いで机の上の紙コップを耳に当てます。

「原稿できましたか」

糸を通じて綾ちゃんの声がきこえました。

彼女はちびっ子編集長。町内のちびっ子作家から原稿を集めると、それを綴じて雑誌にして、飴玉一個で皆で貸し出すのです。

純君も作家の一人。お隣同志なので糸電話で催促されます。

「もうすぐできるよ」

返事した淳君は、銀紙に包まれたチョコレエト玉の原稿料のことを、ちょっと思いました。

 

 

 

 

#95『和子さんと月』

 

和子さんは良い香りに気づきます。
「あれは月の匂いさ」
お兄さんが教えてくれたので、窓を開けてズット丸い月を眺めました。
翌朝、和子さんはスッカリ風邪ひきさんに。鼻も詰まって何の香りも嗅げません。
庭の金木犀も花が終わりました。
風邪が治った和子さんは月を眺めますが、何も香りません。

 

 

 

#96『和子さんと月#2』

 

「すっぱいからやるよ」
寝しなに、お兄さんが食べかけの蜜柑を窓辺に置いていきました。
夜中に目を覚ました和子さんは、月明かりに光る蜜柑を口に入れてみます。
「美味しい。お月様の光で甘くなったのね」
実は、お兄さんは練り歯磨きで歯を磨いた後だったので、蜜柑を酸っぱく感じたのですがね。

 

 

 

#97『廃園の顔』
 

或る邸宅の庭が荒れ、若い庭師が呼ばれた。

顔に包帯を巻いた夫人が現れる。数か月前に事故に遭ったという。彫刻家の夫は死亡し、彼女は顔を負傷したのだ。そんな不幸があって、庭も手付かずとなって荒れたという。

顔は解らぬものの、豊満な体に麗しい声、優しく品のある物腰の未亡人に、庭師はしだいに惹かれていく。

顔が見たかった。

「奥の、雑草で埋もれた中に、主人が私をモデルにした像があります」

庭師は夢中で草を刈り進む。が、それを見る直前、逸るあまり鎌で石膏像の顔面を叩き割ってしまった。

 

 

 

 

#98『消えた神様』

 

雑木林の中に拓けた場所があり、早春にはスミレが咲き、トタン屋根の小さくて粗末な祠が置いてある。
晦日には生米とお水が供えられ、紙垂が新しくなった。
雑木林の持ち主が死に、遺族が土地を売るため更地にした。
木々も祠もなくなった。
小さな神様は、簡単にこの世から消えてしまった。

 

 

 

#99『凪』

 

この漁村を最後に訪れたのは僕が十五歳の夏。漁師の娘で、脚が悪くて海女になれない凪と出会った。
二十数年ぶりに訪れると、あの時のままの二十歳の凪がいた。

震える僕に「凪の娘だ」と、老いた彼女の父が言う。
嘘だ。

だって、あの夏、僕は彼女を海へ突き落として、崖の上に義足だけが残ったのだから。

 

 

 

 

#100『蜘蛛』

 

一晩で寸分の狂いもないシンメトリーの華麗な建造物を創りあげ、その中心で朝露と光に包まれながら朝食の到来を根気強く待つ。
全てを孤独のうちに行う気高い存在。
しかし私は今日もまた、あなたの王宮を破壊しました。
それでもあなたは命あるかぎり糸を吐き、幾度でも世界を創造するのですよね。

 

 

 

 

●一部、加筆修正のため、140字超えの作品があります。



 

 

 

 

 

 

 

 

16日
鼻と唇の渇く秋晴れの中、所要があり隣の市まで車を走らせていると、旧街道脇に「ホルモン無人販売所 二十四時間営業」という看板を掲げた、軒の低い廃屋同然の平屋がある。なにかこう禍々しく、その家(店?)の周りに咲く秋桜が余計に可憐にいじらしく目に映った。

17日
左右から、特急と急行が行き会って、ようやく上がる遮断機。踏切を渡ると、頭上で音がする。見上げれば、送電電がいまだにカチャカチャ揺れて、乾いた秋の空気の中でぶつかり合っている。

 

18日
遮るもののない田圃の中の一本道を歩く。秋の陽は夏よりも眩しくて、目玉の裏までジリッと焦げそうだ。

19日
ピーマンを水につける。一つのピーマンに穴があり、芋虫が這い出してくるので、それを割ると、中は虫の寝床と化している。ここで成長してきたのだろう。水ごと虫を庭に捨てたが、夕日を浴びながら砂利の上でウネウネしているのがいじらしく、烏瓜の葉の上に載せた。

20日
暑いほどの秋晴れ。田んぼの中の一本道を犬と歩いていると、頭上にトンビが飛んでいた。顔を戻して、いくらか歩いてまた見上げると、トンビはずっと小さくなって、太陽に近づいている。いっさい羽ばたかず、ぐるぐる旋回しながら、驚くほど高く高く上がっていった。

21日
いつも一羽でいる白鷺の隣に、若いアオサギが並んで動かない。田圃が尽きた所にある墓所の一基の墓の前に、溢れる程の百合が供えてある。田圃の溝に大きな白猫がが蹲り、青い目でこちらを見る。石だと思ったら足元で飛び跳ねたのは蛙だ。全ては鱗雲の下での体験。

 



22日
今年もジョウビタキが飛んできた。乾いた空気の中、天色の空を背に、小さな嘴で火打石を打ち鳴らしながら、ビオラを植えたりメダカの水を替えたりする私を見下ろしている。調べたら、チベットやロシアのバイカル湖から飛んでくる。掌ほどの体での旅路の様子を聞かせてほしい。

23日
朝、台所にいると鵯、雀、椋鳥の声で外がにぎやかだ。見れば、濃厚な陽の中、ジョウビタキも庭に降りてきて、宿根草の支柱に止まったりチラチラ動いている。道の向こうの野焼きの煙がこちらまでゆっくり広がる。小学生の集団登校の声が聞こえる。今朝はやけに世界が美しい。


 

24日
物病院へ猫を連れていく。ワクチン接種。帰るとお昼を過ぎている。買い置きも作り置きもない。お握りが食べたくなり、ご飯を炊いた。最近妙に忙しい。窓をあけると、目の前の木にジョウビタキが停まっていて、その丸いお腹を眺めながら、新米のお握りを無心で食べた。

25日
汗ばむ秋晴れが続いたが、今日は一転して冬のような雨日。満開の薔薇は、花弁の隙間に冷たい雨水を溜め、その重みに長い枝をしならせる。夕方ようやく止み、夕日が差す中、一匹のトンボが薔薇に止まる。花同様に羽を雨に濡らして、じっといつまでも動かないでいる。


 

26日
夜、干し野菜を出したままだと気付いて、外に出る。干しかごを取り込みながら、見上げた夜空の美しさに、「あぁ、天体望遠鏡が欲しいな」と思う。ポットに入れたココアを飲みながら、白い息を吐いて星を見る。この十年ほど、寒くなると必ずそんな夢想にふける。

27日
稲を刈り終え広々となった田圃に、稲藁を円錐形に束ねてマジナイのように並べているのが、ずっと気になっていた。米も作るという農家の老女と話す機会があったので尋ねると、「あぁ、あれね。なんだろね。何かに使うのだろね」と、彼女もよくわからない様子だった。


28日
用事が長引き、お昼を過ぎる。帰り道には店も無いので、自然公園みたいな所へ寄る。木々に囲まれた池の畔のベンチで、売店で買った珈琲とメンチサンドを食べていると、風もないのにドングリがばらばらと落ちてきて、頭や背中を叩かれた。足元を見ると木の実だらけだ。


 

29日
トラクターで耕された畑は、柔らかくなった土が均一にならされて、まるで巨大な板チョコを置いたみたいに滑らかだ。その秩序を、猫の足跡が点々と、斜めに横ぎり乱している。

29日 #2
洗濯ものを取り込みに外に出る。入日を浴びながらアンテナにて地鳴きするジョウビタキが可愛くて、こちらも唇を濡らしながら、真似して鳴いてみた。



30日
「お嫁さんが買ってきた惣菜ばかりを――」「〇〇さんちも野良やめて土地売って」と、八十を超えて久しい近所の三人の女が、墓場前に手押しの老人用車を並べて座り、田んぼを眺めながら噂話に興じている。秋の陽が、三婆の寿命を延ばしているようだった。

31日
10月後半は老愛描の健康診断と私の子宮癌検診が重なった。毎年のこととはいえ、それぞれの結果が出るまで落ち着かない。不安で心が張り詰めるのは、必ず秋の夕日が眩しい時だった。

結果はどちらも良好。
安堵と引き換えに、落日を見ても琴線は鳴らなくなった。