ブログネタ:天気とやる気って関係する?
参加中私は関係ない 派!
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毎度のことながら、記事の量に処理能力が追いつかない…
ダメダメな半ちゃんです(^▽^;)
とりあえず、今回は先に長野旅行記を仕上げておきます![]()
それが終わってから、丹後旅行編とマラソン記事で書いて行きますので、またしばらくお付き合いくださいませm(u_u)m
前回までの記事はこちらに
前回、小諸城址の曲輪配置が一段高台にあり、独特な感じがすると記載しました。
では、今回は本丸・天守付近から回ってみます![]()
その本丸跡付近に何とも、荘厳で威圧感のある苔むした石垣が残っていました![]()
これは、もう石垣好きには、ヨダレものですね(≧▽≦)
次に天守台跡に続く、階段を登り…
天守跡は決して広くありません![]()
で、その天守台跡の高石垣を見上げるとこんな感じ![]()
正直、これは圧巻でしたよ~
そして、小諸城と言えば、武田信玄公の軍師である山本勘助晴幸殿が、縄張りしたことで知られる名城ですね![]()
勘助殿は、眼帯をしており、その容貌から異様の者として、近隣の駿河大名である今川義元公からは、嫌われたそうです![]()
そんな過去を持つ、勘助殿だからこそ、このような鏡石などをいつも戦地へ持ち歩き、少しでも身だしなみに気を遣ったのかもしれませんね![]()
実際、自分も姿を映してみましたが、凄くキレイに映りますよ~
今川義元公と言えば、人を見た目で判断した愚君と評されますが、実際にこれが本当なら、駿河・遠江・三河にまで影響を及ぼすほどの大大名になったとは思えないので、実際は生理的(意見)にお互い合わなかったのかも![]()
どちらにしても、今川義元公は、山本勘助殿を家臣に迎えるチャンスがありながら、召し抱えることなく、その後、勘助殿は武田信玄公の元で、縄張り設計・軍略などで大活躍します。
そして、橋の上を歩いている人がいるのが、分かりますでしょうか![]()
比較すると凄い規模の堀が残されているのが分かりますね![]()
小諸城は、なかなかに立派に遺構が残っておりました![]()
さて、では再び、長野市方面へ向けて
を走らせますが、その前に寄り道(^▽^;)
いよいよ、次が長野旅のラストになります。
その後は、100kmマラソンと丹後半島旅の記事をアップして行きます![]()
ちなみに、この日はほぼ終日
でした![]()
松本城では、ザぁザぁ降りだったし…
なので、天気とやる気は関係しますが、でも要は割り切りだと思いますので、最近は気にしなくなりました(^▽^;)













