本日は朝から強風![]()
で、お昼は大雨![]()
タイミング良く仕事で、会議室に幽閉されていたので、幸いでした![]()
で、会議室から4時間ぶりに出て、自分のパソコンに戻ると…
部下からの報告資料、不具合報告に関する書類などが、提出Boxに大量に![]()
かつメールも。。。
会社に自分専用のノートパソコン買ってもらいたい(><;)
などと思いながら、そろそろ台風
通り過ぎたんじゃない![]()
と、残業を終えて、外に出ると、まさに暴風雨![]()
の真っ只中でした![]()
雨の日は、走らない主義なのに、お気に入りの傘が傷つくのが嫌だったので、
まで猛ダッシュ![]()
でも、駐車場までの距離が500m程度あるので…
びしょ濡れだし、強風で体は持っていかれて真っ直ぐ走れないし![]()
久しぶりに台風を体に感じました![]()
雨に降られた本日の記事は、同じく雨に降られた大洲城周辺散策記事です。
大洲城編①の記事はこちらになります → 大洲城天守への道
大洲城編②の記事はこちらになります → 大洲城天守・櫓内部①
大洲城編③の記事はこちらになります → 大洲城天守・櫓内部②
前日で、大洲城記事は完了しました。
本日は大洲城下町を探索します![]()
昭和初期の町並みをイメージしているみたいです![]()
自分とは年代が異なりますが、日本の高度成長期を支えてきた時代なんですよね![]()
その良き時代に戻れるみたいで、両親は喜んでいました![]()
町並みの景観に添った内容の水路![]()
町並みの景観に添った板塀と白壁![]()
自分は年代的にこの頃を知りませんが、それでも懐かしく感じる場所でした![]()
ただ…この頃から、いよいよ予報通りの
が![]()
お城に行っている間は、降らずに持ってくれたので、仕方ないか…
で、次に向かったのがここ![]()
臥龍山荘(がりゅうさんそう)と呼ばれる肱川沿いに佇む山荘です。
ちなみにこの臥龍山荘のメインは、庭園なのですが、凄く意外な人が造園しています。
それは…藤堂高虎![]()
と言えば、戦国時代でも一・二を競う、築城技術でも一流の人物ですし、あまり驚きませんよね![]()
ここの庭園を造園したのは、藤堂高虎の家来であり、通称を『槍の勘兵衛』と呼ばれた、渡辺勘兵衛(わたなべ かんべえ)ですΣ(゚д゚;)
渡辺勘兵衛と言えば、秀吉による小田原征伐でも先陣を切り、戦場での評価が高い人物なので、意外ですよね![]()
人間は、先入観で、人のタイプを決めてしまいますが、人の才能は無限ってことですね![]()
自分も文武両道になれるように精進しよう![]()
中に入ると、肱川がすぐ側にあることが分かります![]()
ただ残念なのが、庭園以外にも茶室など、いくつか茅葺屋根の建物があるのですが、建物内は撮影禁止なのです![]()
新緑が、そぼ降る雨に濡れて、凄く美しいです![]()
そして、不老庵(ふろうあん)と呼ばれる数寄屋造りの庵です。
ここでは、お抹茶がいただけます![]()
で、不老庵から肱川の眺めていると…
一艘の屋形船がやってきます![]()
風流だなぁ…
ここは、室内撮影OKだったので、皆様が席を外されている間に![]()
で、室内を見て回っているうちに屋形船は、不老庵のすぐ真下にある臥龍ヶ淵に停泊しました。
岐阜城へ行った時にも、長良川側の旅館に泊まりましたが、その時に同じような風景を見ましたが、やはり日本人の意識は、こういった風景を懐かしむように出来ているんですね![]()
以上が、大洲城周辺散策記事です。
これにて、大洲城編記事は終了です。
大洲は、昔の雰囲気を大切にする本当に古き良き時代を思わせてくれました。
皆様もぜひ、機会がありましたら、お勧めですよ![]()
大洲城記事のラストは、やはりこちらですね![]()
櫓を従えるように聳える大洲城天守と、それを支える石垣![]()
あぁ~日本人で良かった![]()
こう思える文化をいつまでも大切にしたいですね![]()
そして、いよいよ明日から…
現存天守を持つ宇和島城編に突入です![]()
5/3記事だけで、5月中旬を迎えるって…
もっと早めに書けるように頑張ります(笑)













