明日も日本各地で、マラソン大会が開催されます![]()
同士の皆様。心より応援しております![]()
自分は、ケガを口実(笑)に大人しく
で東京マラソン・世界遺産姫路城マラソンの中継を見る予定です![]()
そんな本日ですが、先週いろいろと応援してもらった実家に戻っていました。
と言うか、戻って来いとの話でしたので。。。
実は、海部川風流マラソンのレース前に、知り合いの女性と談笑していたところを見られていて。。。
『誰か良い人は居ないん
』
性格が一本気なので、気に入ってくれるタイプの方と、難しそうと敬遠されるタイプの方が居て。。。
さらに完全自由人なので(笑)
会社の同僚などからは、合コンとか誘われることはあっても、身内はそのうちに結婚するだろうと思っていたようですが。。。
とうとう痺れを切らしてきたようでσ(^_^;)
(両親)『良い人が居ないなら、お前に会いたいって、言っている人が居る
』
(自分)『…
ま、30代やしな。。。気にしてくれるんは嬉しいけど。。。会いたいって、お見合い
』
(両親)『お前のマラソン、旅行のバイタリティーに感心して、会ってみたいらしいわ
』
(自分)『自分勝手で決めたことに信念を貫く。でもそれで関係者に迷惑も掛けるのに、良いのかな
』
(両親)『ま、会ってみれば良いじゃん
』
日取りは決まっていませんが、いよいよ自分にも人生のターニングポイントが来る時が来たかもしれません。。。
こんな自分勝手な人間を気にいってくれるかは、全くわかりませんが![]()
ではでは、本日も昨日に続き、 西方城登山の続編になります![]()
パートⅠはこちらになります→http://ameblo.jp/4451777/entry-11992548163.html
前日は、物見櫓からの景色を見る瞬間にいろいろありましたが、その問題も解決して、いよいよここからが本番です![]()
この日は![]()
遠くは和歌山の山並みまで見えます![]()
さらに阿南市から、20km以上離れている徳島市のシンボルである、眉山まで見えます![]()
うっすらですが、淡路島や大鳴門海峡大橋まで見えます![]()
次に行く予定の岡城跡も眼前に見ることができます![]()
ここからは、岡城跡・今市城跡・本庄城跡・宮市城跡などが周辺にあり、見渡せます![]()
さらに那賀川や阿南市の中心部が見渡せます![]()
こちは南側になります。
赤囲み部分が、先日訪れた桂国寺になります。
桂国寺の記事はこちらになります→http://ameblo.jp/4451777/entry-11989580267.html
黒囲み部分が、これまた先日訪れた本庄城跡(現:泉八幡宮)になります。
本庄城跡の記事はこちらになります→http://ameblo.jp/4451777/entry-11991276819.html
ここで、次に向かう場所を確認します。
【西方城跡とは
ちょこっと解説
】
戦国時代(永禄年間)には、阿南市桑野城主である東條関之兵衛の叔父に当たる、東條紀伊守が城主となります。
城規模としては、近隣の城跡とは比較にならないほどの大規模な城跡となりますが、先日訪れた本庄城跡の清原高国の家臣として、味方したために、牛岐城主である新開道善とは、全面抗争になります。
さすがに大規模な城郭であったため、対立する新開道善もここを落とすことは出来ませんでしたが、先に東條関之兵衛の主君である、本庄城の清原高国が、新開道善に降伏したために三好家に味方することになります。
しかし、これに立腹した、長宗我部元親軍は海部城を落とし、さらに県南部から破竹の勢いで攻め寄せます。
牛岐城主である新開道善は、徹底抗戦をしますが、東條紀伊守の親戚である桑野城主である東條関之兵衛が長宗我部元親に降伏したため、一旦味方すると決めた三好家から長宗我部家に鞍替えします。
中国地方の覇者である毛利元就の逸話でもありますが、大内・尼子の大国挟まれて、大変な思いをした中で、情勢を見ながら、どちらに味方するかを判断していたようですが、それに似たような感じですねσ(^_^;)
阿波の城跡としては、珍しく、いろいろと遺構が残っていますが。。。
北に岡川の水掘。
それに竪堀。堀切。現存する曲輪と多くの見所がありました![]()
十分に景色を堪能した後は、元来た道を戻ります( ̄_ ̄ i)
さて、明日は、西方城跡以外の周辺の城跡、周辺散策をご報告致します![]()







