僕は流される。

風が吹くと目をつむるから、
けっつまずきそうになる。
風に乗る鳥みたくはなれない。
あのトンビは悠々としていた。

僕は風に吹っ飛ばされた砂粒だ。

ふいに、ビンタされたように、
吹っ飛ばされただけだ。

僕は流される。

このタイミングで、何を言うべきか、
僕は知ってる。
目を潤ませてホントか嘘かの区別がつかないようにして精一杯、不自然を和らげて、
言うべきことを言うのだ。

僕は流される。

そんで君だけじゃない、未来の自分をも騙そうとしてるんだ。
あの時は本当に、そう、思ってたんだよ。
などと言う。
時間のベクトルは過去に向かないなんて嘘だろう。
過去に向けないだけだ。

僕は流される。

人見知りだからさ、人見知りだからさ、人見知りだからさ、と、言っておけば済むんだ。
あの日あんた愛嬌がなかったねと言われた時はそう答えるのがベストだ。

恥ずかしがり屋の人見知りで、ついでに吃りと過呼吸癖もあって、人の目を見るとパニック障害を引き起こすんだ。
そう答えるのがベストだ。

僕は流される。

どうでもいい人の隣で眠ってそいつが死んでないかなぁと思うけど、そいつのほうがたいてい先に起きるんだ。
愛してるなんて言う奴にまともな奴はいないよ。きっとシンナーに細胞がやられてるんだ。

僕は流される。

誉め言葉のレパートリーが増えてく。
思ってもないことは反射運動で脊髄から言葉を出す。
邪魔だから僕の顔色なんて見ないでくれ、
僕も君の顔色なんて見ていやしないんだ。

予定調和的やりとりの無意味さは感じ取れないわりに彼らは数円の損得はいくらも勘定できる。

僕は流される。


この世界は、この世界で、世界なのだ。
世界は、世界だから、逃げ場はない。
宇宙に行っても大きな檻の中から出たことにはならない。
檻の中の池から木の上に移動しただけだ。

モラルやマナーを口にする人間はとてもゴム毬に近い。ドッチボールに使われるような。少し空気の抜けたゴム毬に近い。

当たり前や正義を口にする人間も似たようなものだ。錆びた鉄棒に変わるくらいで、さんざっぱら手垢で塗り固められ蹴りつけられるのだ。

そしてあたかもその結果は私の望んだものだと言うように振る舞う。

地面に叩きつけられたゴム毬は不自然な穏やかさでポンポンとバウンドしていく。


僕は流される。


この異常だけで組み上げられてる世界で僕にはなす術がない。
ただ個の平穏を保つために、
世界のシステムを学ぶのだ。

唯一、明日だけが不確定な要素を持っているから、
今日までをやり過ごして、もしかしたら続いて行くかもしれない今日の攻略法を思案して、
そして明日が唐突に現れるのを待ってる。

明日だけが、世界を壊してくれる。
姿見が勢いよく倒れるけれどうまいこと破片は散らなくて、割れた鏡の破片は行儀よく姿見の形のまま地面に突っ伏する。

いつか世界はその姿見から割れた破片に変わるみたいに、壊れるのだ。

その瞬間が明日なのである。


だから、僕は流される。


明日が現れるのを待っているのだ。