☆コロムビア時代1️⃣
コロムビア入社のころ


 1936年昭和11年2月、服部良一はニットーレコードでの契約満了を待って、大手外資系レコード会社 日本コロムビアと正式契約を手交する。
 だが、ニットーレコード時代に既に服部はコロムビアで数回のレコードを吹き込んでおり、それらは目出度く復刻されて現在ではデジタル化されている。
 詳しい経緯は明らかではなく、服部の自伝にも一切書かれていない。
 ニットー時代の服部は予てより大手のレコード会社へ移籍したい希望があり、それは自伝に書かれていた。
 又、コロムビアの社長秘書ホワイト氏と知己を得ており、そんな縁から執り行われたレコーディングの機会だったと推測される。
 服部のコロムビア移籍に決定打を加えたのはニットーレコードでの日東紅茶(ニットーレコードの親会社)の宣伝盤♫朝の紅茶を召し上がれ であり、歌唱は妹の服部富子だったと自伝には記されてはいるものの、未だにこれの復刻はなされていない。
 ぐらもくらぶあたりのマニアックな選曲シリーズでどうか、復刻して欲しいものだ。

 そんなニットー時代に行われリリースもされたコロムビア盤の服部作品を2曲ばかり先ずはお聴き頂く。

 1. フー? : 川畑文子

  1933年昭和8年の来日以来川畑は、コロムビアに在籍していた頃に服部の編曲で、日本でも馴染み深いスタンダード♫Who  を吹き込む。
 アレンジは見事でニットーの専属楽団では実現不可能だったカサロマ楽団風のホットなスイングでグイッと引っ張る。


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 2. 恋のステップ : 三笠静子(笠置シズ子)

        最初にこれを聴いた時には我が耳を疑った。
 自伝にも笠置との初対面は昭和10年代だったと記されていたのに、これは昭和9年のレコーディングである。
 しかも服部のオリジナル作品である。
 確かに笠置の声も全盛期に比べるとまだ固い。
 この頃はOSKの一歌手位にしか観ていなかったのであろう。
 従ってインパクトも何も無かったのであろうと想像する。


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 3. おしゃれ娘 :  淡谷のり子

  この曲が服部のコロムビアデビュー作、と言う解説を散見したので、訂正を入れたい。
 一番信頼を置く書「昭和流行歌総攬(戦前・戦中編)による。
 服部のコロムビアデビューは昭和11年4月リリースのヘンリー長谷唄うところの♫ジプシーの喫茶店 である。
 作詞 藤浦洸 作編曲が服部である。
 そして2曲目は同じ4月リリースの♫涙の母子草 で関種子と新美博義のデュエットである。
 市川右太衛門(北大路欣也の父)の映画の挿入歌だったが、未聴。
 多分だがヨナ抜き短音階の日本調歌謡曲の予感がする。
 服部は前歴のタイヘイ、ニットーでこうした歌を量産してきているので、会社側からの押し着せ企画にもプロとして期待に応えられる素養は併せ持っている。
 コロムビアでも意外な位に演歌調の流行歌を多く書いている。
 3曲目は翌月5月リリースで初のA、B面を受け持つ。
 A面が豆千代の♫ああ無情 B面は桜井健二の♫青春涙あり 豆千代は当世流行の芸者歌手で明らかな日本調、桜井に書いたB面が如何にも明るい青春讃歌っぽい気がする。
 そして次が漸く♫おしゃれ娘 となる。
 淡谷のり子とは初のタッグだが関種子と一回服部は♫涙の母子草 で一緒に仕事をしているので同級生の関と淡谷との間で意見交換があったかも知れない。
 が、恐ろしくハッチャケたスイングナンバーである。  
 これは中野忠晴の♫パイプふかして のB面だったから思い切ったジャンプナンバーが書けたのかも知れない。
 淡谷のリズムから外れる事のない精緻な唱法に圧巻を受ける。
 バックのコーラスも厚みがあり服部が可也作り込んでいるのが良く判る。
 


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  4. 東京見物 : 中野忠晴&リズムボーイズ

   丁度同じ月(昭和11年7月)テイチクから藤山一郎の♫東京ラプソディー もリリースされた。
  同種の歌が同時期にリリースと言うのも珍しい。
 作詞は♫東京行進曲 で名を馳せた西條八十。
 相変わらず切り取りが小気味良くテンポも快調。
 服部は勿論初共演だが、本格的なバンド編成をよく使いこなして、ドラムのブラシを効果的に汽車の蒸気音として使ったり、リズムボーイズらのハーモニーも奮っている。
 


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  5.あゝ馬鹿みた : リキー宮川

  MGM映画「ブロードウェイメロディ1936」の中で2枚目俳優ロバートテイラーが歌ったこの曲、リキー宮川が歌い、そして訳詞まで手掛けた。

♫…これも買って あれも買って 歩くうちに
  懐が寂しく スッカラカンに なっちゃった
 可愛いエクボでアバヨ 私ゃホンマによういわんわ あゝ馬鹿みた

 オリジナルとは全く異種だが、思わずクスっとしてしまうこの詞。
 二世らしくカタコト日本語に関西弁が混じって益々可笑しいが、服部が大阪人なので面白可笑しくする為に、きっと違う歌詞だったのをリキーに直させたのかもしれない。
 服部はそう言う洒落っ気のある人だった。


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  6.  恋の街 :  宮川はるみ

  リキー宮川の妹宮川はるみも戦前の一時期、ジャズを歌っていた。
 女性にしては低いアルト発声だが、こうして聴くと中々味があって一興である。
 ほぼリアルタイムのアメリカンスタンダード♫Every
 Little Moment  を兄同様カタコト日本語で表現するので何の変哲もない言葉でも、違う意味に聞こえたり日本語を逆照射して炙り出す効果がある。
 先の♫あゝ馬鹿みた とカプリングで売り出されたのは昭和11年11月20日、兄妹共演の珍しいレコードとなった。
 兄のVer.もそうだが、前奏から服部の編曲が凝って様々な仕掛けが施されている。
 管楽器のユニークな演奏やテンポの変倍やら聴いていて心から楽しめる。
 本国アメリカ盤の方はむしろもっとスマートだが、こちら日本盤をアチラの音楽通に聴かせても唸る程の出来だと思う。
 宮川はるみはこの後、ベニーグッドマンのスイングナンバーで我が国でも名高い♫Sing Sing Sing   をカバー その名も♫唄へ唄へ 。
 そちらも服部の編曲である。


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   7.  霧の十字路 :  森山久

   本日ラストは♫この広い野原いっぱい や♫さとうきび畑 などの名唱で知られている森山良子さんのお父様、戦前コロムビアオーケストラの花形トランペッターだった森山久の貴重な歌声をお聴き頂きお別れであります。
 お世辞にも上手とはいえ無いが、何とも味のあるヴォーカルではないか。
 これは一聴して判るがブルース形式で書かれている。
 つまり、この翌年に爆発的ヒットする♫別れのブルース 以前にブルースイディオムに根差した和製ブルースは既に完成していたと言えよう。
 
次回はその♫別れのブルース のお話。
服部の出世作となった逸曲に隠れたエピソードを披露する。


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