スライダーズおやじ -344ページ目

2022年1月に食べたらーめん24杯

元旦。天下一品の家麺。

 

3日。平太周味庵。

 

4日。末っ子くんと六厘舎。

 

7日。舎鈴の赤辛つけめん。

 

8日。タロー五反田。

 

9日。従兄の長男くんと、つじ田。
キックの応援の日。後楽園のあたり。

10日。まこと家。青物横丁。

 

12日。麻布ラーメン三田慶応。

 

13日。豚山五反田店。
この日の「アレ」はケイジャンでした。これはうまかった。
(豚山ではコールの時「アレ」というと、その日の特別なトッピングが無料でつきます。何がその日のアレなのかはツイッターで確認できますが、闇鍋感覚で事前に調べずにコールして楽しんでいます。)

 

15日。靖国神社に初詣。細君と表裏市ヶ谷本店。
さよなら市ヶ谷本店!(移転準備のため閉店しました)

 


16日。天下一品五反田店。ご飯茶碗をもらった。

 


17日。タロー。

 

19日。元楽新橋店。

 

20日。公(kimi)。

 

21日。 登龍 北品川

 

22日。金伝丸 渋谷 

 

23日。タロー。

 

24日。舎鈴。

 


26日。志那そばはせべ。五反田。

 

27日。味方。新橋。

 

28日。壱角家品川。

 

29日。舎鈴北品川。
鴨だし中華そば。(多分季節もの)

トリュフの香りがした。トリュフってよくわからないけど、なんかそれっぽいにおい。

 

30日。豚山。

 

31日。九州とんこつ長浜や。

父が逝く日

生きているので、こういうことを書くのは縁起が悪いとか、タブーだとか、そんな気持ちもわかるのです。

 

しかし、昭和17年(1942年)生まれの父は79歳。

いつまでも生きていると考えるのは、希望的観測みたいなもんだし、我が家にとって現実的な話。

 

そんな微妙なテーマをちょっとだけ掘り下げようと思います、

 

02

 

父はすごい人でした。

大学卒業と同時に幼馴染と23歳で結婚。

 

短期間で6回転職し、自分で会社を作って、ワンマン社長で名をはせ、100億円企業にして上場を果たした。

 

 

父は家庭でも無茶苦茶な君主で、僕たちは大いに振り回された。

しかし、家族の尊敬も集めていた。

 

僕は中学3年の時、隠していたエロ本(ビニ本じゃないよ)を母に見つけられ、母が父に相談して、父から殴られた。

 

「こういうのは大人が、酔っぱらった時にみるものだ」と。

もうなんか、めちゃくちゃだったけど何も言えなかった。

 

うちになぜか、海外エロビデオの山があったのも知ってるし、それを観る会をうちで社員にやっていたのも知ってるし、それがノーカット(違法)だったのもなぜか知ってる。

 

<消しました>

 

父は嘘を暴力で正当化する人間で、反論は許されない。

まあでも、そんなこんなで、僕は性格がねじ切れた。

 

自分の物差しに、父の物差しが入ってきた。

 

僕はくるってしまった。

父を恐れるあまり、交際していた女性を傷つけたこともあった。僕は弱かった。

 

父の言うことを真正面から聞かなければよかった。

いまだに後悔している。

 

色んなショックな出来事があったけど、僕が54歳になった今思うのは、家計のことだ。

 

父がお金を出して買った弟のクルマ(パルサーGTi-R)を、弟を罰するために下取りに出すことになり、父が見積もりを依頼した店の下取り価格がアホみたいに低かったので、それを指摘し、他の店にもっていくようにアドバイスした。

 

すると、烈火のごとく怒り、「この車はお前のカネで買ったのか?ちがうなら黙っとけ!」と。

 

これが、僕の実家や父への依存を断ち切った。

僕は親兄弟家族で、個人単位でお金を考えたことがなかった。

 

父が損をするのは、僕にとっても損だと思ってた。

家の損だからだ。

 

でも、そうではないのだと。

家単位でものを考えるのは、俺がおかしかったんだ。

 

だから、父の老後のこととか、墓の維持のこととか、知ったこっちゃねえなと思ったし、決めた。

 

父もそもそもそのつもりで、うちには財産の1円もない。

父は自分で作った会社を乗っ取られ、家もクルマもすべて会社からの賃貸とか借り物になった。

 

家がない。

引き継ぐものなんかなんにもない。

親でもなければ子でもない・・・なんてことは言いませんが、こと金銭に関しては、そして家系についても、責任なんか負わない。

 

まあ、父はそういう生き方をしてきたんだから、本人もそれで本望なのだろう。

 

だから、父が逝ったら、僕の身の丈に合った質素な葬儀をする。

墓はしまう。

 

家系図は、僕の代から新しくつくっていく。

父のことは、たまに思い出話をするくらいでいいかな。

自分中心でしかない人だったよなと。

 

僕もこの歳で、いいかげんサトリ?あきらめ?どうでもよくて、

いまさら父に恨みなんかないし、てか、そんなの考えても時間の無駄でしかないことわかってる。

さらっと、流していかなくてはと思う。

 

 

先日、後楽園ホールに、キックボクシングの試合の応援に行った。

俺は父のキックジムにも、指導されたキックにも良い思い出は一切ないし、むしろ批判したいくらいなんだけど、父が毎回チケットを送ってくる。

父が主宰するうちのキックジムの選手は、首相撲で倒された拍子にロープに後頭部をぶつけてKO負け。

 

試合後、父の友人と、僕のいとこの息子君と4人でファミレスに入った。

父が20代前半のウエイトレスに、名札の名前の読み方について訊いたりしてて、なんだろうなあと思った。

 

閉店時間で店を出るとき、4人で写真を撮りましょうということになり、僕がそのウエイトレスさんに、シャッター押してくれるようにお願いした。

 

引き受けてくれたウエイトレスさん。

彼女がいとこの息子君から、スマホカメラの説明を受けているときに、父が自分のiPadのカメラを彼女にいきなり向けた。

 

彼女は「えっ?」と言って、うろたえて、僕は彼女にシャッターを依頼した本人なので、父に「お父さん! 写真撮るときは本人の同意をもらわなきゃだよ」と言ったら、父が烈火のごとく怒って、「何をそんなくだらないこと言ってだ!」と。

 

僕は怒った父を無視し、その場を流した。

なんで自分の孫より若いウエイトレスの無断写真撮りたくてキレてんねん。

 

わけわからんし。もうほんとどうでもいい。

勝手にどうぞです。

 

長生きしてもらいたいけど、あくまでも、自分のカネで。

僕は生暖かく見守っていきます。

 

それしかできんし、そういう風に育てられた。

 

巨人の星で、星一徹が飛雄馬を諭すシーン。

竜馬はこういった。
いつ死ぬか わからないが
いつも目的のため 坂道を上っていく。
死ぬときは たとえ どぶの中でも
前のめりに 死にたい
…と

 

これ、竜馬の言葉としてよく引用されてますけど、史実には無いんですよね。

梶原一騎先生の創作? 竜馬がゆくにも、似たようなものが出てきますけど、それは司馬遼太郎の創作です。

 

父はむかし、この言葉を僕に言ったことがありました。

 

んで、今はシベリア抑留周知の運動の2代目会長として、少ない私財を投げうってます。家計をも犠牲にしてます。でもその団体、抑留者とも支援団体と無関係なんだよね。お山の大将やりたいだけ。
 

シベリア抑留テーマのYouTuberデビューのためにパソコン買うとか言って、アドバイス求めてきたんで、動画の撮影も編集もお父さんのiPadでできるよ! と、そこから始めたらいいと教えたんだけど全否定された。その後どうなったのやら。

 

はいはいOKです。ご自由にどうぞ。天下国家のほうが女房より大事。それどころか、自分の女房振り捨てて自分勝手に逝けばいい。それが日本男児? 鼻で笑って手を合わせるわ。狂人めと。俺もたいがいだけどな。

 

 

 

 

あ、でもあとの母のことは精いっぱい守っていきますよ。

父がなにも考えてくれてないので。

 

被害者仲間意識みたいなもんがあります。

 

閉店 旨辛ラーメン表裏 市ヶ谷本店

 

あれー。

今日、仕事が13時からだからその前に行こうと思ったんだけど、勘違いしちゃってた? 一昨日で終わってた。30日までって告知してなかったかな・・・?

 

そういや、2月1日に西荻窪店ができるという情報があったけど、これも公式サイトに掲載ナシ。

 

 

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🔥旨辛ラーメン表裏🍜

🌟西荻窪店🥳🥳🥳🎉
オープン決定‼️‼️‼️‼️‼️‼️

この度、
杉並区の西荻窪にて
新店舗のオープンが決定致しました🍜

オープン日は2022年2月1日を予定しております◎◎◎

今後SNS、店内にて随時進捗報告いたします!

今年も残り1ヶ月ですが、
どうぞ宜しくお願い致します🥳🍾 pic.twitter.com/wDjqFla6OU

— 旨辛ラーメン表裏 市ヶ谷本店 (@UMAKARAHYOURI) December 3, 2021

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このツイートも消えてた。

2021年8月上旬以降のツイート全消し。

 

去年末、12月29日のお昼に行ったら店が閉まってて、入り口あたりの掃除してたスタッフさんにきいたら、年内は昨日まででしたとか言われた。

サイトにもツイッターにも「年中無休」としか書いてなかったのに。

高田馬場店は30日ランチまでって明記されてた。

 

 

いろいろ、不確定な要素がいっぱいあるんだな。

 

2011年から通ってるお店。

めずらしく、夫婦ともども大好きなお店。

 

絶対になくなってほしくないので、応援したい。

がんばれ表裏。