見ていただけてありがとです。
今日も自分を好きになることを考えた
僕は男三兄弟のまん中
上と下は理系国立大学、僕は文系四流私立大学
父親は大企業の海外担当エンジニア
母親は小学校の先生
物事ついた時から、ずっと兄弟と比べられてたなぁ
母親からは「同じように生んで育てたのに、何であんただけできんのかなぁ」といわれ続けた
そんなこんなで、自分の要求はなかなか通らなかった
よく「やることやってから言いなさい」と。。。
だから、ささいなことで「すね」たり
オーバーな感情表現で「痛がったり」して母親の気を引いてた
そんなことでしか母親から振り向いてもらえなかった
失業してから、嫁さんとかなりの時間向き合ってる
今朝、「あなたは5歳児から変わってない」と嫁
「ずっと誰かに褒めてもらいたいんよ」
「ずっと誰かに認められたいんよ」
「痛いのを認めてもらうと気持ちよくなる」
「それが気持ちいいと、病気治らんし、もっと気を引くために、さらに重い病気になる」
「かばってもらいたい」→「かばってもらえて嬉しい」になるからね と嫁
ストンッ!!
めっちゃわかる
25年間、誰かのために働き続けた
社員のため、上司のため、会社のため
嫁さんのため、子供のため、家のため
ずっと認めて欲しかった
ありがとうって言われたかった
誰かに、誰かに、誰かに・・・
何でその時自分を褒めなかったのだろう?
何でその時自分を認めなかったのだろう?
なぜ、幼少時期の欲求に気付かなかったのだろう?
辞めたからわかる
辞めたから気付いたのだろう
そんな時期だったんだろう
嫁さんは言う
「何度もいったよ」「その度に、目を三角にして全否定したよね」
「お父さんお母さんが悪いわけじゃない、俺が悪いんや」
「親離れしてない。と言ったら何度も怒った」
「私は25年同じこと言ってる」
「だから、あなたからの、欲求オーバートークは全部無視してきた」
「私が欲求を満たしたら一生気づかんやろ」
今はわかる
手放そう
その感情ロジックがやってきたら
その時が「自分を褒める」時、「自分を認める」時
そして、自分を好きになる時なんだとわかった
長かったな、幼少時期のオレ
もう、そんなに頑張らんでええよ
俺が一番お前の頑張りを知ってるから。