今日は「勝者としてのペガサス」である。1979/9リリースのアルバム「スニーカーダンサー」に収録されている。
「青い闇の警告」で述べたように、1976/10に大麻で懲役8ヶ月、執行猶予2年が確定されているので、執行猶予が満了した翌年ということになる。また、筑紫哲也さんの「日曜夕刊!こちらデスク」というテレビ番組が1982年9月に最終回を迎え、ゲスト出演した陽水が、この「勝者としてのペガサス」を歌っているが、非常に珍しいことにサングラスを外して歌っているのである。デビュー当時を除いて、サングラスを外して歌ったのは、この時以外にはないのではと思う。筑紫哲也さんへの敬意というか、真摯なふるまいという意味ではと考えられなくはないが、歌っている姿からは、そんな社交辞令のような印象は微塵も感じられない。何かを睨みつけているような態度だったからである。その様子から、執行猶予が終了したことと関係があるのではないかと思えてならない。つまり執行猶予が満了したことで、ほっとしている自分に対して、そんなことで本当にいいのかということを顔の表情で表現したかったのではないだろうか。
まず、この曲でリフレインしている「大空を駆け巡り ペガサスが行く 草ムラヘ逃げ込んだ 小犬がふえる なによりも美しく ペガサスが飛ぶ 青空へとけ込んだ 小鳥が鳴く In the Sky」とは、執行猶予が満了となって、自由になった自分自身に対するイメージを、ギリシア・ローマ神話に登場する翼を持つ馬である「ペガサス」になぞらえているのだろう。自分の将来は、「教養」や「名声」の象徴である「ペガサス」のようなものであるとしている。
そのような自身の展望に対して、「おそらく 決まりはないが 一言 あなたに言おう 楽しいヨ 罪のない事は」とは、能天気に同意することも 楽しいことであり、それはそれで良いんだがという意味だろう。しかしながら「どこまで 見果てぬ夢か なにかを かけてもいいが 悲しいヨ 敗れ去る事は」とは、歌手を続けて行く以上、最終ゴールは見えないだろうから、そんなに楽天的な状態は続かないのではないかと感じているということか。更に「あんまり 話題もないが 最後に これだけ言おう 気をつけて どんな天気でも」とは、晴天の時でも突然、土砂降りになることもあるのだから気をつけろと言っているようだ。
2年間の執行猶予期間は、陽水にとって、かなりの精神的抑圧を受けていたことが伺われる。そこから解放されたわけだから、その状態をもっと楽しめばと思うのだが、それが出来ない性格のようだ。また1980年頃のラジオ番組で、ビートルズについて聞かれ、「僕は人の前で、踊るみたいな気になかなかなれないんですよ。でもビートルズが目の前で演奏していたら、きっと踊れるだろう」と語っている。陽水は、浮かれることが苦手な人のようだ。