同期からの質問
どうやって転職したの?』

今転職を考えられている方にも、この記事が何かの役に立ってくれれば幸いです。




1.私が合格できたわけ




結論から言うと、ただただ純粋に、30代がいなかったからなのだと思います。

実際、転職後に私が配属された部署のフロアには30代は数人しかおらず、「あぁ、だから募集かけてたんだな」という空気が明らさまに感じ取れました。

"今どこの会社も30代が不足している" という人材系の広告はよく見かけていましたが、それは本当だったのだなと思いました。


2. 私の職種と経歴


私はプラスチック専門の部品メーカーに勤めていました。その中で私は設計課の仕事をしていました。

仕事の流れは、営業が取ってきてくれた案件をCADで3Dモデル化し、それをもとに2次元の図面を作成して、次工程の金型課に送るという感じでした。

ただ、そんなに大きな会社ではなかったので、金型ができあがり、商品ができあがると、それは品質管理課で実験・評価されるのですが、納入期日まで時間がない時は、他部署に掛け合い、一緒に実験したり納品したりもしてました。

当時このような仕事の流れは当たり前だと思っていたのですが、実はこれはすごいことだったという話は後ほど『第一関門:エントリーシート』でします。

このような仕事を8年続け、転職しようと思ったのは31歳の時です。


3. 転職しようと思ったきっかけ


リーマンショック以降、福利厚生費のカット、家族手当ての段階的廃止、ボーナス制度の悪化、その上社宅として住む範囲まで制限され、給与面での不安を抱いていました。

そんな中、本社勤務の同期が一早く昇進し、現場の叩き上げの自分の評価は一体どうなっているのか、自分は社会でどこまで通用するのか知りたくなり、力試しも兼ねてリクナビにエントリーしました。


4.エージェントの協力


エントリーしたのはリクナビだったのですが、なぜか連絡が来たのはリクナビ・エージェントからでした。

面談は土曜日にしてもらいました。

エントリーシートの添削も1次面接の時にしゃべることも、終わった後の相談も、最終面接のお題の添削も全部相談に乗ってもらいました。

面談では、自分の業務内容と状況を伝え、同業種で30社ほど薦めてもらい、その日は3社まで絞って帰りました。

冒頭グラフで『エージェントの協力』を合格理由に入れさせてもらいましたが、い彼なしではどうなっていたかわからないと思うくらい、本当に最後の最後まで助けてもらいました。


5.第一関門:エントリーシート


私にとっては、ここが第一の難関でした。
国語が苦手だったということもあるのですが、
そもそも自分の「何」を書けるのか、書くことがないと思っていたからです。

それでも[これまでの実績]欄はなんとか埋めなければならないので、自分のやってきた仕事を列挙しました

・特許取得件数:5件
・技術発表会参加:2件
・図面発行数:200枚
・金型発注数:50型
・通常の5倍難しいと言われた部品を成功させた
・・・など

この数字が良いのか普通なのか、「5倍」って社内で言われてるだけだろとか、信憑性に欠けることもとりあえず書いておきました。

そんな中、自分にはアイディア構想段階から、形状作成→図面化→工場生産→実験・検証→納入→発売後の市場クレーム対応まで、製品のライフサイクル全てを経験してきているという強みがあることに気づき、そこを軸にまとめることにしました。

当時、自分にとっては当たり前のだった仕事を、
『実績』と思えなかったのは、自分の会社を外から見れていなかったからではないかとかと今は思います。

ちなみに私が最初に書いたものは箇条書きになっておらず、エージェントさんに添削してもらった後は、原型を留めてないくらい真っ赤になって返ってきました笑。


6.第二関門:一次面接


志望同期はそれほど聞かれなかったのですが、今までやってきた仕事の内容については、ものすごく深掘りされて質問攻めにあいました。

鬼の首を取ったような面接官(未来の上司になる予定の人でした😅)で、開始数分の間に

君、仕事できないやろ
 
 

なんでそんな業務にそんな時間かけとんねん
 
 

君、同業種だけど機密保持契約上
うちに転職してえぇんか?
 
 

強度と剛性の違いわかってるんか?
 
 

などと怒涛のノンストップ問答を30分間受け、口の中がカラカラのカピカピになりました。

マネジメント経験について聞かれましたが、正直に「ない」と答えて「じゃあこれから身につけて行かなな」と言われ、そこはそれ以上突っ込まれませんでした。

最後の質疑応答は、何かは聞かなきゃと思って「他部署との連携は具体的にどう取るのですか?」と聞きました。
「周りはバカばっかりだから大変だ」という答えでした😅


7.一次面接の印象


とにかく強烈な人だったので、「こりゃ落ちたかもなぁ」って思ってました。
とにかく『本質』を追求され続け、「これぞプロフェッショナル」という感じだったので、彼には『本物』というあだ名を付けましたw

実は帰り際にも、彼自身の面接チェックシートを見せられ、
「君と業務の適正欄にまる○✖️つけなあかんねん…どうする?」って。
いや、そりゃもう「💮つけておいて下さい」って言って帰ってきました😅

ただ、これには後日談があって、彼は私にどれだけ根性あるのか面白がって聞いてただけらしいです。あと、「面白そうだから雇った」とのことでした😓


8.最終面接の準備


お題は「あなたの技術力を5分でプレゼンして下さい」でした。

資料は前もって準備していくものだったので考える時間はあったのですが、当時の自分は
「技術力って何だ?」
というところから考えなければなりませんでした。

またもや、どうしたものか…と考えていたのですが、
その時の自分が、同年代の人よりも多く持っていたものは「失敗してきた経験」の数だと思いました。

がむしゃらに製品を設計して立ち上げてきたので、その失敗から見出した成功への法則こそが、自分の技術力ではないかと思い、そこに特化したプレゼン資料を作ることにしました。

もちろん、この特化型の資料に至るまで、エージェントから2回ダメ出しをくらっています💧
「焦点が定まってませんね」とか「なら、この部分要りませんね。」とか。

ちなみに資料はパワーポイントで、1ページ1分のイメージで、6ページにまとめました。


9.最終関門:最終面接


最終面接官は2人いて、技術部長と人事課長でした。

2人とも一次面接の時とは真逆で、私の言うことにいつも頷いてくれました。

プレゼンはうまく行ったのですが、さすがに技術部長の質問も鋭かったです。
簡単な質問しかされていないのに、どんどんど壺にハマっていく感じになってしまいました。

自分の設計通りにものはできましたか?
 
 

想定外のことは起きましたか?
 
 

どこに苦労しましたか?
 
 

熱収縮による製品寸法への影響は どう見極めましたか? 
 
 


初めの質問に私は「はい、設計通りできました」と答えてしまい、「本当に深く考えてつくったのですか?」ということをソクラテスの問答のように深掘りされ、自分の技術力の浅はかさを思い知らされました。きっと技術部長は自分がどこまで深く物事を捉えているかを試していたのだと思います。

最終面接では人事課長からも3つ印象に残る質問をされました。ことは、他に3つあります。

あなたのストレス解消法は何ですか?
 
 

給料が今の会社より下がっても
弊社に転職しますか?
 
 

採用された場合いつから出勤可能ですか?
 
 


初めの質問は、さすがストレス社会だなと思い、

金をめっちゃ使いますね
 
 

と答えたら面接官は爆笑してましたw

2番目の質問は『yes』としか答えようがありませんでした。
最後の質問には『有給を消化してからでよろしいでしょうか』と素直に答えました。

10.エントリーから採用通知までの期間と、気づくべきだったこと


エントリーから採用通知までは3ヶ月半程度でした。
 1月末:エントリー
 2月末:一次面接
 3月末:最終面接
 4月中:採用通知
ここからGWを挟み、
 5月いっぱい:有給消化
 6月1日:初出社
といった感じでした。

ただ、ここで一つ私が気づいてなかった重大なミスがありました。

それは、7月の夏のボーナスをもらい損ねたこと

あと1ヶ月初出社日を遅らせることができればよかったのですが、4月の時点で既に1ヶ月先延ばししてもらっていたので、それ以上は心苦しくて無理でした😣

11.面接日に会社を休んだ口実


私がよく不思議に思ったことは、みんな転職活動中は会社側に何と言って休んでいるのだろうということでした。
私の周りで転職していった同僚はみんな誰にも気づかれずに転職していったので、私の場合はどうしていたのかということを載せておきます。

⬛︎一次面接の時

市役所に行ってきます。
 
 

と言って、午前半休を取得しました。

ちょうどその時、引っ越して間もない時期だったので、市役所に行く用事があってもおかしくはない状況だったので、しれ〜っと嘘をつきましたが、内心はとてもヒヤヒヤしてました💦
自分の場合は、転職先も自宅から近かった為、半休で済んだこともよかったです。

⬛︎二次(最終)面接の時

妻を病院に連れて行きます。
 
 

と言って1日有給を取得しました。

「子どもじゃないから、1人で行けんだろ」と軽く上司にイジられてヒヤッとしましたが、「(妻が)心配なんですよ〜」と言ってうまくすり抜けられました。

私は隠し事が得意ではないので、最初から一人だけ口の堅い同期に話を聞いてもらっていましたが、他には仲のいい上司にも言っていなかったので、誰にもバレることなく最後までやりきれました。


12.会社に「辞めます」と言った日


採用通知が届いた次の日に、その時の直属の上司(係長)に会議室に来てもらって報告した時の第一声は

え、マジか。辞めさせないよw
 
 

でした😅

それでちょっと課長を呼んでくるから待ってろ」と。
そのあと課長も来てくれ、嬉しいことに止めてくれ、その次の日は時間を設けて会議室で説得されましたが、「生活がかかっているので」と言って納得してもらいました。

その後、他事業所にいる一番お世話になった元係長に電話で報告し、後日ちょうどその事業所に行く用事があったので挨拶をしてきました。

社交辞令でも止めてもらったのは嬉しかったです。

13.妻の協力


最後になりましたが、妻にもだいぶ助けてもらいました。エージェント以上に資料にダメ出しもしてもらいましたし、一次面接の前は模擬面接も付き合ってくれました。

(模擬面接はやれるなら、やった方がいいと思います。模擬でも自分は問答がぎこちなくなってしまっていたので😅)

最終面接の時には、私は『パワースーツ』というアメリカの大統領なんかが大事な発言をする時によく着る
『紺のスーツ + 白シャツ + 赤ネクタイ』
をゲン担ぎで着て行きたかったのですが、いい感じの赤色のネクタイがどの店にも置いておらず、諦めかけていたところに、妻がどこかから見つけて来てくれたりもしました。

また、最終面接は自分のパソコンを持ち込んでのプレゼン可だったので、デスクトップの壁紙は妻との結婚式の写真にしておいたので、案の定面接官のつかみもバッチリでした😄



おまけ

こうして改めて転職した経緯を振り返っていると、妻やエージェント、そして8年間自分を育ててくれた会社の上司、同僚、後輩たちに感謝しなければならないとしみじみ感じました。

私は幸い円満退社だった(はずな)ので、今でも仲よくしてくれた上司とは年賀状のやりとりをさせてもらっています。
また同期も年に数回 "同期飲み会" に誘ってくれるので、とてもよい関係を維持させてもらっています。



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