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晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

☆のみなさんは、いじめについての説明を周囲と社会にしなければならない状態に追い詰められてきましたから、いじめ加害者の反論のために、時間も頭も多く費やさなければならなかった。

 
頻繁にいじめ返しをしてしまう☆の人も、あえて擬態というか、偽悪をほどこして、社会に対して反転したメッセージを発している場合がある。
 
別の場所に書いた、いわゆる将棋を仕掛けているのではないかと僕は思うことがある。
 
 
しかし、リスクの高いこの将棋は不具合がたくさん発生してしまい、正常に社会の中で生きていくのが困難な状態になることが多いのではないか。
 
私も似たようなものであるし、引きこもりの戦いをされている方もそうじゃないかなとも思うし。
 
この気ぜまさは、多くの☆の皆さんが実感してきたことだと思う。
 
常に気をつけておかなければ、部外者の議論が恐ろしいスピードで、当事者を突き飛ばして暴走してしまう。
 
 いわゆる、反論のプロではない人々が、かなり、しどろもどろになりながら、必死になって、それぞれに言論を立ち上げている。
 
 
それはかなりの血肉になり、年月が経てば経つほど彼ら自身を助けるのではないかと僕は思うことがある。
 
しかし、これは、必死さに伴い、かたくなな印象を与えてしまうことになっていた。
 
しかし、第三者による暴走した言論が少なくなりつつある昨今、無理に、理論立てをする必要機会は少しずつ減っているのではないか。