いじめ後遺症の経過報告 | 晴れわたる青空の下で

晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

いじめ後遺症の経過報告。

今確認してみると私をいじめていた人間たちの意地悪な顔や声は浮かび上がってこない。


見えるのは穏やかな表情をしている姿が見えたり落ち着いた声が聞こえる程度だ。


私は多くの時間をいじめという毒抜きにあててきて未開発の部分や未発達の部分などが多いと思う。
一番被害を受けた中学生時代から20年が過ぎ、いじめ加害者たちの声も姿も確認できなくなりつつある(一時的なのかも知れないが)。

耳を澄ませば容易に聞こえてきた彼らの生々しい声。

目を閉じれば泥々と身体中を駆け抜ける悪魔の表情や動作。


それに代わって私は今何を想像し、何を見て何を聞くのだろう。

アルジャーノンに花束を

に出てきた主人公が初めてのデートの時に起こした反射的な反応。
いじめ後遺症が薄れていくということはあの主人公が知能をあげていくような状態に近いものがあるように思う。
今までは目の前の1つ1つのことに必死であったのに対して霧が晴れてくると見えてくる景色。
初めての海外旅行での戸惑いなのか、それとも田舎から大都会に初めて来た少年なのか、それとも、初めてレストランに1人で行き丁寧な接客を受けた時に見る景色なのか、上手く振る舞えている仲間を横目に緊張している少女のようなのか。何十年か冷凍保存されていた人間が久しぶりに出てきたようなのか。




テレビとの闘いで身に付けていた型を少しずつでも破っていこうと思う。



自分自身が石像のようになって頭をゴシゴシと磨かれているような感じがする。


痛くはないが強い力で下へ下へと何度も擦られているようでクラクラしてずっと思考力が奪われている。

これを立て直すのは、比較的容易のように思える。

私たちには、外へ出る勇気がある。
この勇気は今まで何回も出してきていて一般のみなさんよりも使用頻度が高い。


あとはその勇気をいつ使うかだけであろう。

また続きを今度書いてみたい。