2014/03/09 | 晴れわたる青空の下で

晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

テレビによる【死の雨】をさほど心配しなくてもよくなりつつある。


このテレビによる死の雨がどれほどいじめ被害者を苦しめてきたことか。
直接、間接、時間差などさまざまな形で追い込まれてきた。

まだまだ警戒を解くわけにはいかない。

しかし確実にテレビは配慮を続けてくださっている。

テレビが完全に配慮してくださったとしてもまだ、いじめは無くならない。
なぜか。
30年という時間、【死の雨】を浴び続けた結果、いじめ軽視の人々がわんさかいる。
テレビはこれから30年以上かけて、新たな挑戦を日々起こしながらも、これを厳守し続けなくてはならない。

【死の雨】がやんだことで次にやらなくてはならないのは、ジョージさんの訴えてる厳罰化です。
この厳罰化への道には多くの課題を解決していかなければならないだろう。
厳罰化以上に難しく時間をうんとかけていかなくてはならないのは、良心を鍛えること。
これは失音さんが語る一番根源的な一大事です。
同時に正義についての授業も必要になると思います。
正義という言葉に強い違和感を持っている人々の発言を見聞きしていると、とても歯がゆく思うのです。
彼らが悪いと単に切り捨てるだけでは乱暴だと思うが、思いやりを最大限に発揮していくには、正義がないとだめだと思う。
テレビに対する警戒により、多くのエネルギーが奪われている。

失音さんが言うように、いじめているという自覚が全くない人々がたくさんいることもまた事実だ。
だからこそ、いじめについて、更に正視眼を持って見つめなければならないと思う。

なぜ、いじめるのか。
いじめ被害者の頑張らなくてはならないゴール、つまり努力の方向性をどこに向けていくのがよいのか。

素晴らしい資質を全てのいじめ被害者は元々持っている。
更にいじめ被害にあったことで人権の大切さを身に染みて理解出来ている。
そんな素晴らしい人々であるからこそ、挑戦しなければならないことが必ずある。

そのやるべきことを、彼ら1人1人は理解していても、その周囲の人々は理解している人はほとんどいない。

僕は、被害者という立ち位置だけでは彼らの自尊心は満たせないと思う。
開拓者、創造者、賢者、勇者など様々な呼称はあるが、彼らには全てが当てはまる。
私も含めた彼ら自身が、多彩な文化を生み出す1人1人になる責任があると思ってる。

彼ら1人1人が立ち上がらなければ、彼ら1人1人の周囲は暗いままだと思う。

今を生きている私たちは、立ち上がるには、とてつもない言い知れぬ覚悟や葛藤、大勇気が必要だ。

そんな1人1人が立ち上がり、後の時代に、彼らの優秀な資質がいかんなく発揮されやすい環境を作らないといけない。

それを実現させるためには、私たちいじめ被害者1人1人が立ち上がり、開花させていく以外には道がないのだ。

私たちが黙ってしまえば、いじめは無くならない。
いじめについてだけ発信するのでは意味がない。

いじめられたあなたでないと出来ない表現が必ずある。

それは、確実に世界にとって貴重な財産となる。

世界中の人々のために立ち上がることで、そこにはいじめの無い世界が形成される。

立ち上がるのはあなただ。
あなた以外に誰もいない。
誰かじゃない。
あなたなんだ。