2013/01/21 | 晴れわたる青空の下で

晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

授業をボイコットするというのはどうだろう。


学校が強烈な保身の姿勢を改めないなら、
いじめがあると気づいた人から、いじめが無くなったとはっきりするまで学校の授業に出ないと、教師に抗議文を出すのです。
学校には行く、学ぶ権利が
あるから。
別教室で自習をする。

いや、これでは保身の強い側に、握り潰されてしまう可能性がある。


何か良いアイデアはないだろうか?

いじめがある学校は正しい場所だろうか。
残酷ないじめに苦しんでいる子を救済もせず、いじめ加害者側の肩ばかり持つ学校は正しい場所だろうか。
いや、悪に支配された場所と捉えるのが正しいと思う。

学校は、社会の縮図というなら、社会の悪を見過ごしていくことと、いじめを見過ごしていくことの違いは何だろうか。


全く同じだ。
学校が社会の縮図なら。