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考えてみれば、私は素直な気持ちを書くのに20年近くかかったのですね。
いまだに、尾木直樹さんに自分の胸の内側を書き込み出来ていない。
私は30代になり、凝り固まった大人~と思われてるんかなと不安で書き込めない。
20年近く、うまく自分の言葉で、大人に相談できなかった。
ホッと出来る時間が欲しかったのかも。
大変だね~
負けたらいけないよ~
って親戚が声をかけてくれた。
うまく伝えられなかった。
だけどホッとして嬉しかった。
僕は、もっと話を聞いて欲しかった。
父は仕事が忙しい忙しいばかり。
「そんな、いじめみたいなもの……」
って言われた。
母はいつもピりついていた。
祖父母は、不登校をサボりだ怠惰だと信じて疑わなかった。
フリースクールは、面接に落ちた。
当時は今ほどいじめに向き合う人は少なくて
いじめの話を面接でしたから落とされたのだと思う。
僕は家庭内で切れて荒れ狂った。
台所を無茶苦茶にし、泣きじゃくって、
「何で僕を産んだんだ!」と親を責めた。
母は、私の暴風雨が過ぎ去るのをじっとして待つだけ。
父は黙って気の抜けたビールを目を赤くして眺めているだけ。
今思えば、両親には本当にかわいそうなことをした。
いじめ加害者が悪いってその時わからなかった。
親は何にも悪くなかったのに。
高校は親の見栄で行きたくないジャンルの高校に無理矢理行かされた。
親は今でもその事を悔いている。
僕はね、いじめ被害者によるボランティア団体を立ち上げたいんだ。
僕はね、2030年に甲子園かどこかで、いじめ反対のでっかい集まりを開催したいんだ。
全国各地で第九の練習をしてさ。
甲子園かどこかで、合唱するんだ。
僕はね、いじめ被害者の碑を建立したいんだ。
細い鉄塔を建てたい。
亡くなった人はもちろん、後遺症に闘う人たちの希望と闘魂の碑を建てたいんだ。
僕はね、デモ行進をしたいんだ。
三日間、いじめ被害者に呼びかけて、学校を休み、一ヶ所に大集合するんだ。
全員でピンクティーシャツを着て長い道のりを共に歩くんだ。
大人にしてほしかったことってなんだろう?
ねえ、10代のみんな、篠原さんたち本気の大人のために勇気を出して、青春リアルに書き込みしてくれないか?
今回の記事は、こんな感じで書いてみた。
一緒に生きていこう。