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晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

学校を休んだら、人生が少し狂うかもしれないという思い込みを、私も含めて変えていかなくてはならない。




いじめに苦しんできた私が、そのままの姿でいじめについて語り続ける。その呼びかけが正しかろうが誤りだろうが、
それがわたしの感じているそのままの言葉だ。客観的にいじめに苦しんでいる私を見て観察し、分析すればいい。
ああ、いじめを受けるというのはこういうことなのだなと。私はよく、学校には行った方が良いといじめに苦しむ小中高生に呼びかける。
なぜなら、不登校になって家族や世間や自分自身からのプレッシャーがあまりにも強烈であることを知っているからだ。
一度休むと、次に学校に行くのがとてもつらくなる。そういう意味では、金曜日に学校を休めば、周囲からのプレッシャーは比較的に軽いかもしれない。
だから、金曜日には、金曜日にしかない授業を組んではいけない。いじめに苦しむ小中高生が休みやすい環境への配慮が必要。








いじめる人間こそ、自分の醜い心に負けた一番弱い人間だ。




いじめは着実に減っていると思う。痛ましい事件はいまだにたくさん起きている。そんな報道を聞くたびに私は心を抉られてとても痛い。
つらくてしかたがない。だからといって嘆いてばかりいられない。
いじめ事件はテレビメディアの配慮により報道を控えてくれている。
群発自殺を起こさないために、今は何日かに一回報道するようにしている。だからいじめ事件が減っていないように感じてしまうと勘違いする人がいる。
テレビメディアは随分成熟してきたが、不用意なコメントをする人が残念ながら数人いる。
次のテレビメディアの課題は、コメンテーターにいじめについて多くを語らせることだが、そのコメントを発する人間の人権意識が上っ面で低い人がまだまだ多い。
きちんと配慮が出来ている番組はぐんと増えた。だが、バラエティー番組と命を扱うニュースへのコメントをあまりにも軽々しく考えすぎだ。
被害者遺族の感情を逆なでするな。させるな。




いじめ事件が減ってきているとはいえ、1人でも命を奪われる事実があることは異常であろう。
去年起きた沖縄県うるま市のいじめによるリンチ殺人事件。
四時間に及ぶリンチで少年を殺したのだ。いじめた理由はヤンキー映画に影響を受けてやっただった。
激しい怒りを持って取り組まなければ、いじめはなくならないのではないか。
今この時間も、苦しんでいるいじめ被害者がいる。ありとあらゆる恐怖と向き合わなければならない10代の少年少女がいる。
もうこれ以上頑張れないよと、倒れるように寝ている小学生がいる。私の心はずっと暗闇ですとつぶやく小学生がいる。
こんな世界なんて無くなっちゃえばいいのに!と人知れず絶叫している小学生がいる。
彼らに希望を! 彼らにひとときの心の安らぎを! 彼らに優しい一言を! 彼らに共感と応援の声を! 
彼らに強い励ましを! 彼らに勇気を! 彼らに楽しい時間を! 彼らに美しい音楽を! 彼らに最高の笑顔を! 
彼らに最高のコミュニティを! そして彼らに生きていく誇りを呼び覚ませ!
出来ることなら彼らをわたしが引き取りたい。彼らを海外に今すぐ留学させてあげたい。
今すぐいじめに苦しむ彼らの学校に乗り込み、助けてあげたい。
いじめに苦しむ子どもを直接私は励ませない。それができるのは、わたしではなくあなただ。
わたしは心配でならない。わたしが関わってきた少年少女が、もしかしたら命を絶ってしまってるんじゃないかと。




私を知る小中高生のいじめと戦う人々よ。どうか生き抜いてください。
いじめる側に騙されちゃいけない! あなたは駄目な人間なんかじゃない! あなたには幸せな未来が待っている。
あなたは強い! そこまでいじめに耐え抜いてきたあなただ。もうこれ以上はいじめられる必要はない。
苦労は買ってでもせよと言うが、君は充分すぎるほど苦労している。
次に君がやることは、親と自分を大切にすることだ。自分が倒れたら他の人々に優しく出来なくなる。
あなたを待っている人々が未来にいる。そんな人々のために元気になるんだよ。今は、星を見上げよう。
自分なんかがと思っている夢を大切にしておこう。捨てずに大切にしておこう。
1人で今友達がいなくても、負けないで生きていこう。あなたには必ず友達ができる。
未来で待っている友達を悲しませてはいけない。寂しい思いをさせてはいけない。生きていこう。







いじめというのは、クラスの誰もが、加害者にも被害者にもなりえます。だからこそ、無関心ではいられない。
皆さんのお子さんも、いつ被害者になるか、いつ加害者になるかわからない。だからこそ、いじめをしてしまうほどに子どもを放置しないこと。
なにか気になる兆候を感じたなら、謙虚に学校の先生やスクールカウンセラーに相談すること。
学校の先生が気をつけておくのは酔っぱらいみたいになってる子どもに気をつけましょう。
自分の子どもが、学校で誰かをいじめてしまっているかもしれません。少し注意して、私の子どもを見ていていただけませんかと伝えてみましょう。
こんな大変な時期に、「いじめられてるお前が全部わるいんだからね」という子どもがいます。恐ろしいですが事実なんです。
いじめる子に誠実に慈愛をもって語りかけるといじめをやめる子がいます。
このようなことを言ってしまう子どもほど納得すればいじめをやめて、いじめ被害者に謝ります。そんな子どもを何人か見たことがあります。
酔っぱらいみたいな子どもとは猿みたいに振る舞っている子どものことです。男女問わずにいます。
このようなことを言ってしまう子どももまるでお猿さんみたいにキーキー言っている顔が思い浮かびます。






庭1)長い物干し竿に、何をぶらさげてみたいか。実家の物干し竿が置いてあるところは、湿気のムンムンしていて、煙や靄のように漂っている。
湿気たコンクリートの壁は暗い色をしていて、近寄り難い恐怖を感じていた。風通しの悪い空間だが、
じりじりとした太陽の熱と光は庭の枯れた芝生に淡々と圧倒的な影響を与えていく。
そんな物干し竿のある庭を見ていると、無邪気に寝返りをうつ子どものように大地がほのぼのとした生気に満ちてくる。
枯れた芝生がじわじわと、薄汚い湿気を飛ばしていく。



「やっぱり『友達』っていいな!」




こんな印象を持つ人がいないだろうか。「こんな時ばかり学校に来るな」こんなこと自分も言ったことがあるよ。
これもいじめになるのか? と。そうなるんです。言葉を使うタイミングの問題です。そこまで傷ついている子にそんなこと言っちゃいけない。
あと気をつけなければならないのは、いじめをしている雰囲気づくりをしているクラスメートの恐さです。
1人が悪意ある一言を投げるたび、いじめ被害者の心の温度が下がります。まさにKYの一言が……。
どなたかが書いていたツイートに、いじめ被害者は、勇気があるが常識のない人。いじめ加害者は、常識がありすぎて、臆病で何もできない人。
そんな感じの書き込みがあった。すべてには共感できないにせよ、少しわかる気がした。
恐らくは『常識』ではなく『慣習を重んじる』ということではないだろうか。
既存の慣習にとらわれずに、建設的な意味での破壊をする人。古い慣習にしがみつき、そこから抜け出ることが不安でたまらない人。
勿論、決め付けはできません。その逆のケースも存在するかもしれません。
そういう意味では、私も積み重ねてきて居心地が良くなった惰性に流されている慣習にしがみついていないかチェックしなければならない。
よくよく気をつけていきます。





いじめに疲れ果て学校に行けなくなっている。同じ不登校になるなら、自分から休む日を調整しながら行く方がいいかもしれない。
年間に休む日の限度を自分で決めておくんだ。
例えば、一年間に30日以内休むと決めておく。だらだら休み過ぎると留年しちゃうから、連休するときは連続4日間までとか。
いじめがひどくなってきた時は、そんなにつらくなくても2日休むとか。これが正しいことかは解らない。でも今の学校は異常です。