5 | 晴れわたる青空の下で

晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

過去の思索


光と闇について。
太陽は光です。闇は雲です。太陽は、夜になると無くなってしまうわけではありません。
太陽はその頃地球の反対側の人々に温かで優しい光を照らしています。
雲は闇です。
雲が太陽を覆い尽くし、町も暗くなります。
私たち人間は、いじめをする人も、いじめを受ける人も太陽のようなものです。本来はとても温かくて、明るくて優しい。
そこに暗い雲がかかる時がある。雲に覆い尽くされた太陽は、もともと鈍い光しかないように、思わせられる。
でも太陽は太陽である。
太陽の輝かしい光は、暗い雲が覆っているだけでいつも変わらず、明るく優しい。

無口だね、暗いねといじめっ子は言う。
違うんだよ。
暗い雲を通してしか見てないからそう見えただけ。
あなたは、じめじめした人間なんかじゃないよ。
あなたはカラッとした青空のような光り輝く人間なんだよ。
いじめっこは、あなたを暗い暗いと言う。いじめっ子は、あなたの本来の輝きに気がついてないだけなんだよ。

いじめをする人だってそうだ。
本当はあなたの心の中には優しさがいっぱい詰まっている。
それが何かの原因で、何かが詰まって、外に出なくなっている。
ありがとうは奇跡の言葉
という話がどこかの国の言葉にある。(ドコダッケ?汗)ありがとうと気持ちがこもらなくても、何回も何回も、周りの人と自分に声かけてほしいと私は思います。いじめは、いじめる側もいじめられる側も、この世は闇だと思い込ませるから恐い。最後まで一生懸命読んでくれてありがとう。
あなたに感謝します。





あるイメージについての思索
自分自身の内側に向けていくつかの矢を射ってみました。一つ目のイメージ
大地に地殻変動が起きたことを考える。
あくまでイメージの話
地下が空洞であれば
その空洞部分だけが現れそれで終了する。
スクラッチカードの銀の膜を削り、「ハ」と「ズ」が見えた時点で、更に削り続けるようなもの。
しかし、こちら側の感が鋭く、一回目で「アタリ」の銀の膜を当てる事がある。
必死の集中力により急所の一点を見極め周りの疑心を遠くに聴きながら迷うことなく、大地をノックする光が弾けて大地が割れる。地殻変動が起きる。この一点突破の思い切りが状況を一変させる。
二番目のイメージ
地殻変動を起こしそのあと大地が割れて幾つかの地域が出来た島であるように断絶された大地は独立しそれぞれの独立した文化が生まれた大地と大地の間には橋が架かり人々が往き来することが間もなく可能となった。橋は舗装され、それぞれの大地の文化はそれぞれに興隆し独立した文化間を往き来するまでになった。庭師たちは己の仕事に精をだした。己の街で。人が溢れ、仕事が溢れ、充実感が蔓延する。時折、他の大地へ出掛けることはあるが、その年の殆どを己の街で過ごす。街は、整備され人があぶれ仕事が無くなり、あぶれた人々は横たわるようになった割れた大地には未開の地域も数多く、そこに住む人々はパイオニア精神を持って誇らしく鍬を振るい大地に突き刺す。かつて大地が地殻変動する前の人々のように汗が光り、その両眼は太陽を真っ直ぐに射抜く
足下を掘れ!
そこに泉は湧く
整備されつくした街は、もうすでに開拓の余地がないのか違う。必ずある。
足元にもう変更不可能に見える大地にも必ずある。


変更不可能に見えるのは、その人の心の有り様でしかない。思い込み謙虚さを忘れた心、感謝を忘れた心、惰性に流され、いつの間にか傲慢に成り下がり自分の張り巡らせた策に溺れる必ず一点突破出来る急所がある見えているはずだ的となる光が一点突破出来ない理由は様々だろう
よくよく注意深く見るが良い
今まで歩いた大地
今まで歩いた範囲よりも近い場所に必ずある
光っているじゃないか
そこに。
何故見ない
何故両の眼を閉じているのだ
何を恐れるのだ
開拓よりも
開拓された風景だけを見つめていたいのか
足下を掘れ!
前回空洞であった場所は既に変革が起きている
うねりが起こり
隆起を繰り返し
雨が降り
大地は固まっている
どれほどの時が経過したことだろう
他人の開拓していった大地を複雑な思いで眺めるだけになってから
この大地の時間の流れるスピードは、速い!
とてつもなく速い!
朝日が登り、日が暮れるまでのあいだ何日分の仕事をしてきたと思うのだ?
朝日が登り、日が暮れるまで三月分の仕事が行われる大地だ。開拓の一点は日々変転もあろう。しかし、未開と知りつつ後回しにしている一点、最後の砦と察知している場所、その場所は最後の場所ではない。通過点である。突破せよ!
遅すぎることはない。開拓すべき場所は、あなたのために常に用意されている。あなた以外の誰人たりとも突破出来ない地点が、しかもそれは一つだけではない。手を伸ばせば届く場所にいくらでもある。いくらでもあるからと慢心を起こすならいつまでもそうしていればいい。自分も他者も地殻変動はないまま、ゆりかごに揺られていればよい。急所を突くその時まで、枯渇した生命のまま彷徨い歩け。臆病者の烙印を押されたままでいいのなら。
拡散したイメージがあり遠い遠い場所に点在していると感じている強烈なサーチライトを当てたなら、もうすでに到着してるのと同じだ。既にその場に到着している。その場にたった一本の旗を打ち立てるのか、そこに逡巡があるのか嵐の夜に一人黙々と信念に基づいて働くのか嵐が去るのを待ってから出向くのか槍の束が、道行く道に降ってくるだろう何度も何度も槍が我が身を突き刺す時もある。シュミレーションをすると負けしか見えなくても立ち向かう立ち向かう時、その無数の槍は幻影で私の前進之力の方が強く槍は脆く折れていく足が竦むか腰が引けるか百倍の速さで建設が進む強烈な思いが必要な時がある。トリムタブのように注意深く小さな力が必要な時もある。その小さな力が全体の決定打になることが多々ある。悩み苦しみ葛藤し逡巡し決断を下す。
サークルで囲んでしまうのではなく点を打つ。遠心力と求心力。ブンブンまわす自分をそれほど力はいらない。中心軸がぶれない限りは。
三番目のイメージ
目の前で対峙しながら、ぎゅっと目を閉じている。まず、まばたきをすることだ。疲れ果てているのか。上から大地を叩き割るのか。大地の下から、突き破るのか。
夜。
無風の夜。
惰性なのか。振り上げた真金の斧は振り上げている最中に棍棒に変化し更に二三本の藁に変化する二三本の藁を力一杯に振るものだから肩が外れる。それが現代の生きにくさだろう。振り上げて振り下ろすまでの間にすべて変化してしまう。反対に藁一本を振り上げて振り下ろす時、真金の針に変化し大地が割れている時もある。
私が言うところの
『完全なる』人間の尊厳の回復のためには感謝と謙虚が私には必要ということか。確かに感謝と謙虚というキーワードは、片手間のように身に着けたつもりになっているだけで、課題として取り組む。つまり感謝や謙虚という原則に対して私の場合には、それをしっかりと受け止めたくないという流れに対してしっかりと私自身が抗う必要があるということか。今までとは違う未開の地納得ができないと言うよりは、うまく自分の内側に内面化出来ないと言うことは、私の欠点であり苦手分野であるかもしれない。私が長年、いじめによって破壊されてきた善性、埋まらないワンピースの可能性が高いということか。私はこの感謝と謙虚の話を受け、感動した。すぐにブログにアップしようとした。でもうまくまとまらなかった。人間として生きていくうえで大切な原則であることは自明の理である。その2つの原則をうまく取り込めなかった。一日中、今日の生活をし、そのなかでずっと考えていた。うまくまとまらないから、考えるのを止めようとした。一旦停止して別のことをブログに書こうと思ってた。しかし、頭の中で書き出したブログは、いつもの内容の別バージョンの話だった。いじめの悪、メディアの悪、奪われた人間の尊厳、欠けてしまった何か、日時の経過。私はそのブログを書いてまた、欠けてしまったものを探しに行くだろう。その欠けてしまったものが感謝であり謙虚であるのかもしれない。自分を責めるというスタンスではなく今まで見つけられなかったものを『君が見失ってしまったのは、これじゃないかな』という親切なアドバイスではないだろうかと、捉えるべきじゃないかと、私の中から消え入りそうな――励ましの声というのだろうか――暗闇の奥深くに墜ちていく蛍光の小さな点のような深海生物を見失いそうなところで、ようやく捉えた小さな光。
その小さな深海生物の光を写真に撮って、このブログに残します。
海上へ!一番深い処にある誰もが気がつかないポケットからの脱出と、明るい太陽の下で楽しく語らうことを目指す→思索部屋フェイズ-20091103054933.jpg
この写真を見ながら、更に思索を日々深めたい。今そう思います。
このブログを読む明日の『私』へ
これは否定じゃない。
欠点をえぐり出し、塩を塗る作業ではない。
小さな現実の自分から
理想とする大きな理想の私に向かうことのできる内容だが、それは決して、陥れ、嘲笑の対象とするためではない。悲惨な人権侵害を受けた私達が見失ってしまった大切な宝物が何であったかを正確に思い返す作業だ。そして、その宝物を逡巡せず受け取る作業だ。遠慮せずに受け取り、大切にしていきなさい。なかなか受け取れるまで時間もかかろう。それでも意地悪で、私を辱めて私の自信を奪おうとする勢力に屈服することがないように。そんな意地悪な人々は昔から大勢いたじゃないか。何を今更心配し、震える必要がある?私が落ち込み喜ぶ奴、私のことをやっぱり病人だったねと笑いたい奴、病人のなせるワザだねと陰口をたたく奴、最近でもたくさんいたじゃないか。甘えてるんだという奴がいることも知っている。そんな奴らの声を私はまた、真摯に受け止め、暗く鬱々とした日々を送るのか。誇りを失うな。誇りを捨てるな。これだけ声を尽くしても私の心は暗いかもしれない。そんな鉄鎖は断ち切ろう。