2010/09/25 | 晴れわたる青空の下で

晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

ツイッター始めました。
ブログタイトルにあるように、脱皮をしました。本質的には何も変わりません。自分が汚れた水たまりにならないためにも、新たな挑戦を始めました。もっと実際的にいじめに苦しむ皆さんの力になりたい。そのために自己の向上を目指します。彼らに恩返しするために。


偶有性の海はいい。
あらゆる人々がいる。配慮に欠いた書き込みにならないように気をつけようと意識しすぎて萎縮しながら、手探りで始めています。


今日の茂木さんの連続ツイートは、「離」。


自分のかわいさを排除して、冷徹に一つの事象をあらゆる角度から観察し、検証する。



机の上にオブジェクトがあり、それをあらゆる角度から眺める。ここが出っ張っている、ここがへこんでいると。


誰がいったかということが重要ではなくて、あらゆるアイデアの材料を集めて検証していく。そのオブジェとは、自分自身も含まれている。



この「離」を意識して、いじめの問題についてツイートしてみた。



私が今目指している課題とまたまた一致していたから。


やってみると面白かった。いつもとは違うつらさがあった。



そしていつもと同じつらさがあった。


連続ツイートは途中まで書いて息切れしてしまった。


息切れしてしまうことは恥ずかしいことではないと分かったので、どんどんチャレンジを繰り返そうと思う。


新たな自分を発見したり、昔の自分を思い返したりしながら、やっている。


自己中心的世界観から普遍へ



自説を声高に叫ぶことををhand wavingというそうだ。


hand waving は、短期的には成功しても、中長期的には、うまくいかなくなり、最適解には至らない。

普遍を目指すならば、「離」の心で、どこまでも客観的見ていく力が必要なのだという。


私がやってきたことが、hand wavingだとするならば、まずはその事実を受け入れよう。


そして、自説の様々キーセンテンスをアイデアと言い換えて、順番にストックしてみよう。


この「離」の精神に重きを置いた言論を磨きにかけていくことは、より多くの人々がいじめの悲惨さについて理解するきっかけになるだろう。


なかなか大変な作業だけど、とてもやりがいを感じている。


「離」の検証をすることで、今まで私がやってきたことを無理なく肯定的に受け入れることが出来ているから不思議であり、とても嬉しい。