■冬の寒さについて
■あぜ道
★あぜ道という存在
私が子どもの頃
よく雪だるまを造った。
田んぼと田んぼのあいだにあぜ道がある。長靴を履いて、あぜ道を歩き移動する。
あぜ道を一輪の手押し車を押して藁を運んだりもした。
稲穂の刈り取りの前、田んぼの様子を見るときにあぜ道を歩いて行く。
コンバインで刈り取れないコーナーにある稲穂を鎌で刈り取り、あぜ道に置く。
★草刈り
夏場はよく草刈りをする。
草花が生い茂り
背が高くなって歩けなくなる
歩けなくなると
農作業に支障をきたす。草刈り機で作業をしていると
よく蛇をチョンとすることがよくある。
裂けた蛇の死骸が転がるのだ。
★冬のあぜ道
冬のあぜ道は
霜柱がびっしりと群生し歩くたびにザクザクと小気味よい音がする。
雪が積もると歩いた後は足跡ができる。
朝早く起きて歩いたあぜ道には私の足跡だけが出来ており美しかった。
昼をすぎる頃には雪の下にある泥と雪が混ざり合い多数の長靴の跡が入り乱れる。うんざりするくらい汚くなる。
★蕗の薹
しかし、あぜ道の端に蕗の薹(フキノトウ)を見つけるときの喜びは、汚い現実と美しい現実がない交ぜになっていて、現実そのものを受け入れる準備ができる。
雪景色は現実の風景でありながら幻想的だ。蕗の薹の美しさは、新しい命の息吹き。若々しい現実、生々しくも美しい現実。
あぜ道で蕗の薹を見たくて雪だるまであぜ道の雪をそうざらえしていたのかもしれない。
雪だるまの形状は毎年不格好なものだった。ひとつの蕗の薹の美しさ。湯がいて食べていた気がする。うまかった気がする。それ以上に薫りが良かった気がする。
綺麗な空気の冬。
赤らむ頬。白い息。汗ばむ帽子。青い空。
■不安な夜
不安な夜、布団をかぶりテレビをつけたまま
焦点の合わない視線をさまよわせている。
睨むようにテレビ画面の赤シャツを見ている。
白い息はでない。白い雪は降らない。
煌々と光る部屋の電気。
生乾きの靴下の冷たさ。
ぐっと堪える夜。
■
布団を全身に巻きつけて歩くのか
布団を全身に巻きつけて歩くつもりなのか
布団を全身に巻きつけて歩いてもそれを人は咎めない
最近
ほんの少しのあいだ
布団を全身に巻きつけて歩いた
布団を全身に巻きつけて歩いても
苦にならなかった
その姿を人は私の常の姿として受け入れた
コミュニケーションはとりやすかった。
しかし
今、そんな
布団を全身に巻きつけて歩くのが心底嫌になった。
納得がいかない姿勢だ
環境に合わせようとした結果なのか
調子づいている時
環境にも働きかける
そのうち環境を尊重しすぎていつの間にやら、主導権を環境にあずけている。
考えてみると愚かだ。自分の信念を押し殺してまで環境の一部にとどまろうとするなんて。
この振り幅には注意が必要だ。
自分はどうしたいのか、どうありたいのか、何のために。
この
何のため
ということが大事だ。
それがはっきりしていると強い。
何のため
何のため
何のため
これをうっかり忘れた時、
大変なことになる。
いいじゃないか!
馬鹿にされても
いいじゃないか!
軽んじられても
いいじゃないか!
無視されても
いいじゃないか!
悪口言われて悪人みたいに評価されても
いいんだよ! それで。
心を込めて
誠実にあたれば
その時は傷ついたり揺らいだりするかもしれないけど
いいじゃないか!
届けようよ!
励ましを!
伝えようよ!
友情を!
うざがられたっていい
誠実を送った事実は
間違いなく残る
そう!
私は
誠実を示し続けたんだ
自分の中に残ってるんだ。
その自分の中に溜まった誠実を自分で見直して
見つけて
しっかりと褒めてやろう
いいんだ。
相手に伝わってないように見えても
感謝されなくても
レスポンスに期待せず
ベストを尽くそう
ベストを本当に尽くせているのか
そこを考えよう。
めんどくさがっている自分をいつもより長く見つめてみよう。
何のためは明確か。
ベストは尽くせているか。
冬の寒さがツラい?
いやいや
コタツからでるのが辛いだけだ。