おはようございます。



朝ごはんは

北海道物産展のルイベを丼ぶりにしたものと

チーズフォンデュケーキ♪♪

キュウリのお味噌汁とお庭野菜を添えて♪♪

はぁ。おいしーい☺️


さて。

昨日はお坊さんのかなちゃんと

蚊帳と蚊取り線香の話をしていて


いつものことながら

あっという間に話は飛躍し


「癌」の話になって

「病気の根っこにある原因」の話になって


そっから、、

「私が人と関わるのが、あまり好きではない理由」を

かなちゃんに話していました。


その理由とは、、


多くの人は、なにかしらの悩みを抱えています。

その悩みがどういった種類のものか、、


その人と、ちょっぴり話をすれば

分かってしまいます。


選ぶ言葉だとか、言葉の使い方や、

そこから感じる考え方の癖や、行動パターンに

それらは顕著に表れるからです。


もちろん醸し出す空気一瞬で、いろいろと感じます。


目の様子や、顔の筋肉の様子や、声の調子で

確認作業もでき、間違いないなぁ、、と確信に変わります。


そして、

目の前の方が抱えている問題の

根っこにある原因を

どのようにすれば取り除いていけるか

どう整えていったらよいか

分かります。


なぜなら多くの問題を試行錯誤し、私自身が味わい、たくさんのパターンを観察して、潜り抜けてきたからです。


今、この道を選択した場合、何歳くらいで、どういった結果が出てくる

というのは、まわりをよくよく観察していると

統計学のように分かってくるものです。


それは、おもしろいほど、顔つきにすら出ています。




私としては、、

問題の簡潔な解き方が分かるのに、

歩み方や、答えを伝えても

素直に解いていってくれる人は少ないのです。


助ける手伝いすら、できないのが現実です。


果てには、大きな病気になって

亡くなられたりすることもあります。


そんな時

「分かっていても、

わたしには、どうすることもできないんだ」と

悲しみでいっぱいになります。


とても、とても、もどかしくって、、


友人たちの苦しむ姿を見るくらいなら

いっそ、人と関わらない方が辛くない。

だから、私は

あまり好んで人と関わることはしません。



そうしたら、お坊さんのかなちゃんは

私に言いました。


『今その人が地獄の何丁目かわかるって

病気で死にかけた人が言ってて


あらゆる地獄を体験したからって言ってた


ゆーたんもそうやね


その人が 今 何丁目におって どっちに曲がったらいいか どっちに向かったらいいか 

わかるんやろな😳


もどかしいよね』


まさに、この言葉どおりです。



最初っから、私は

なにもかも恵まれていたわけではありません。


今の暮らしに至るまでに

もがいてもがいて苦しんで

調べて試して傷ついて

騙されて利用されて絶望して

首を吊って、命を断とうともしてきました。


たくさんのことを整理して、手放して、

たくさんの問題を解いてきて

ようやくようやく

日々を豊かに感じる心身が育ちました。



すると、かなちゃんは続けました。



『何にもできないな〜ってよく思う


喧嘩一つ止められない 人が1人死ぬのも 止められない


戦争も止められない


地球を汚す人間は全滅したらいい(急に過激🤣

とか妄想する時もある

そんな鬼👹


でも 今ここで 幸せであることが 誰かを救う時もある』



言葉のとおり

「今ここで 幸せであることが 誰かを救う時もある」

結局、そういう結論に私も至ったのです。



だから私は今日も日記を書いています。



『かなちゃんとの会話を投稿するだけでも

誰かを救う時もある』


と思っているからです。


残念ながら、それくらいしか、人間の私にはできないのです。


すこやかな一日を。