今日、明日と永代経法要です。


簡単に言うと

ずっとお寺が続くように…

という意味の法要のことです。


ご法座くださった佐々木大観先生が

来てくださる否や

この書を私にくださいました。

『いっきしゃびょう』と読みます。


二つの同じ瓶があります。


一つには、しっかり満たされ、

もう一つは、空っぽ。


満たされたところに

足したり、減らしたりせずに

そのまま、空っぽの方に写しなさい


…という意味で

阿弥陀さんの教えを

自分流に足したり引いたりして解釈せず

そのままを、伝えなさい。ということ。



唐突にこの話をされたときに

「ああ。阿弥陀さんが私に気をつけて伝えなさい」

…て、お知らせくださっているのだなぁと思いました。


先生に手渡せた本。

苦しく顔の歪んだ20年前の私を知る先生。


先生の『一基写瓶』のご法話の、お育てに合い

安心して生きられる私となりました。


おかげさまです。



私も「一期写瓶」を心に据え

9つのスイッチとは別に

「ご法話」のシェアもすることにします。


私の本の、

私の考えの根底にある考え方でもあるので。


ご法義を楽しんでいる

仏さんの教えを「腹に据えて生きている人」のことを

妙好人(みょうこうにん)と呼びます。


妙好人は全国に実在しており

昔話のように、おもしろいお話が

たくさん語られ続ける存在です。


今日は、その、お一人

『因幡の源左さん』をご紹介しますね。



もし、みなさんの家が、3度火事になったら

どう思いますか?


もし、みなさんの子供たちが、みんな

精神的に病んだら、どう思いますか?


妙好人と呼ばれる 因幡の源左にさんは、


子供たちが精神的に病み、5人の子供と死別。

おうちも、2.3度燃えたにも関わらず


「困った」とか

「なんで私だけこんな目に?」と

言わなかったそうです。


それを見た周りの人たちは

源左さんに「困った」と言わせたいと思うほどでした。


そんなある日、大雨が急に降り

びしょ濡れになっている源左さんの姿に

「さすがに困ったんとちゃうか?」と声をかけると


「いやいや、

鼻が下向いてて良かった〜」と言ったそう。



他にも色んな話があります。


畑に野菜泥棒がいても何も言わず

「今日は、わたしの番じゃなかったんだな」と

順番!順番!とお話されたそう。


さらに、こをんなお話もあります。


源左さんが、かんしゃく持ちの男に言った一言。

 「旦那さん、なんとあんたはええもんを持っていますなあ。かんしゃくはかんしゃく玉といって宝ですけんな。宝はめったに人に見せなさんな」と。


他にも、いろんなお話があります。


なぜ、

そんなふうに源左さんは考えられるんでしょう?



それは、

「守ってくださる方がおられる」

それを知っているから、

不安にならず、安心の中を生きていけるんですね。

その存在を阿弥陀さんと言います。




 源左さんの口癖は

「さても さても ようこそ ようこそ」


「さても さても」は「もったいない」ということ。

「ようこそ」は、「よく こそな」ということで、


「ありがたい」とか「ありがとう」ということ。



源左さんの阿弥陀さまのお慈悲を喜ぶ

「もったいない、ありがたい」の心が

「ようこそ ようこそ」の言葉として出ているのですねぇ。



南無阿弥陀仏

源左さんは、

旦那さんの祖母のお寺にお越しになっていたそうです。




ゆうたんも読んだことのある本です


いろんな妙好人のお話が書かれています。