この度ご好評をいただいたプリンの作り方を紹介します。ニコニコ

材料(マグカップ二個、もしくは湯のみ茶碗四個分です)

卵三個(一個のみ全卵、後二個は黄身だけ使用します)

牛乳400cc

お砂糖(なるべく黒糖に近いお砂糖) 大スプーン4杯半

メープルシロップ(好みで)、キャラメルソースの替わりに上からかけます。

バニラエッセンス

作り方

牛乳を温めます。私は電子レンジです。

後は、ボールに材料を全部入れて混ぜます。

混ぜすぎない方が良いようですが、とにかく濾します。

何度も濾します。

このプリンは口当たりが命なんで、これはこだわっていただいた方が良いと思います。

次にこだわりは、このプリンはごくごく弱火で気長に蒸します。だいたい20分が目安です。

プリンの器は分厚めの湯飲みなどを使用し、土鍋で蒸してます。

では、成功をお祈りしています!グッド!
 これは安価な珈琲に限ります。といっても、お客様から豆にこだわった珈琲をいただくこともありますが、私は同じ方法で入れてます。他に水出し珈琲にもこりましたが、結局何時もこの方法でいれた珈琲が評判が良いです。ポイントは二つ。①三人前なら四人前というように、珈琲の粉はふんだんに使います。そして②熱湯!入れてる最中もジャンジャン沸かします、もう最後の一滴といっても大げさじゃないほどでも沸騰させています。
 もっぱらペーパードリップで珈琲はモカです。
 一度騙されたと思って、作ってみてください。でも後で知ったんですが、安価というか、やはりある程度の値段がしない珈琲はやっぱり高温での抽出と、量が必要だと書籍で読み、私は知らずに実践していて評判が良かったのはこのためかと納得しました。あとしいて③をあげれば、新鮮さでしょうか?先生は単純に量を飲みますから、500gの珈琲が二週間持つ位ですね。
三人は仲良しです。黄色い帽子は玉ちゃんです。turukamecafe臨時スタッフです。その横桃色の帽子nonちゃんは常駐スタッフです。そして緑の帽子が私です。まだ開店の目処がついてもいないのにスタッフはこの三人で決まりです。

2月6日に旅立ったタイから11日戻ってきました。
結局、お目当ての仲介人に会えず買い付けは断念。
写真のお土産だけとなりました。
話を聞いてますと、観光というよりはタイ中を走り回って探した様子です。
また懲りずに出かけると思いますので、またご紹介いたします。
$turukamecafe
 明後日帰国の予定で先生はタイに買い付けに出かけてます。
 少々出不精の先生が海外へ出かけるのは人騒動でした。
 こちらのブログの玉ちゃんの協力も得て、玉ちゃんのお友達はタイの方で的確なアドバイスをいただいたようです。
 さて、ようやく旅立ったのが日曜日、二月六日でした。何を買い付けてきたかは、このブログでご報告いたします。
どうか皆さんクラスメートの活動をご紹介させて下さい。
以下、彼女の文章を転記しています。


ベビの成長を感じながら働くにはJOBカフェにっ!!

NPO法人ママの働き方応援隊


・・・は、ママの助けになるような活動をしている。


ZEROプロジェクト。

子連れ出勤。

社会起業家養成。


私も出来ることがあるのでは?

私みたいに困ってるママを

私も助けてみたい。



そして勉強した社会起業養成コースでの半年。


山あり谷ありで、


ダンナにもう辞めたら?って何度言われたか。


もうやめようかなって何度自問自答したか。



でも、やめてもまた不安な日々なら

頑張りたい。




そんな風に推し進めて、

担当する事になった ジョブカフェ




こんな風に思っているママさんと



こんな風に思ってるママを助けたいNPO





今妊婦さんのあなた。

今お子さんがいて、子供の成長を感じながら、

何かしたいなって思っているあなた。


ぜひ一度。ジョブカフェ で、私に想いを教えてください。

三ノ宮駅すぐで、2月5日・2月9日開催です。
http://www.mamahata.net/
↑詳細はこちらです☆
 離婚したての頃、派遣会社とファミレスをかけ持ちしてました。ファミレスはとにかく子供がいっぱい。私は夜中に働いていましたが、それでも子供と出会うことは少なくなかったし、土日はディナータイムにも出勤してたので、たくさんの子供さんに出会いました。
 うぬぼれでしょうか?卑下でしょうか?子供がまるでパンダに寄ってくるように寄ってきました。大人の男性にはもらえそうもない、降り注ぐような笑顔。エプロンを引っ張られたり、抱きつかれたり。
 反面、私は子供好きではないので、「子供=手間がかかる」という頭しかなくて、膨れ面か、仏頂面、さもなくば一回り下の若い上司に叱られて半べそ状態。
 そんな時に何度も子供に顔を笑顔でのぞき込まれました。またガラス越しに笑いかけてくる子供、いきなり手を繋ぐ子、様々でしたが。イマダニ不思議なんですが?
 今、居酒屋で働いていて。
子供のいる状況は無くも無いんですが、そんな子供が走り寄ってくることはありません。あの時ほどの輝きはありません。多分、これが普通なんだと思います。
 それで。
私が書きたかったのは、その時、あの時、私は救われました。
何度か学校でも発表してますが、私のクルド、方針は
「私は笑顔を絶やしません。ですが、笑顔を拒絶する人もいます。それでも私はその人自身が笑顔になる為の努力を惜しみません」
 そしてクレドが二つあるのはおかしいかもしれませんが、もう一つ
「私は笑顔を絶やしません。闘うことに力尽きた親愛なる友人のわずかでも心の慰めになる限り。
 そして、その友人自身が心から笑顔になる為の努力を惜しみません。また共に闘う未来のために誓います」

 でも、このクルドはもう成果をあげましたので、近々修正か、一本に絞ります。
 
 
 
うちの先生は本業、霊感師。こちらアメーバーブログ「玉ちゃんのブログ」の玉ちゃんが鑑定に年明け早々訪れました。
 テーマは改名です。気に入ってくれて新しい名前を使ってます。
元気な玉ちゃんの笑顔を見れて、私も幸せです。
玉ちゃん、貴女がいるから私はここにいる。
貴女がいるから、クラスメートの一人ひとりを愛せる、慈しめる。
貴女に伝えれない思いを他のクラスメートに伝えてる。
私が離婚した当時。
先生と途方にくれました。
先生は事務所を友人とルームシェアしていましたが、その友人が突然去った頃です。
家賃も馬鹿になりません。
後に、その後に私が入りましたが。
離婚は早かったんですが、裁判等は半年掛りましたし、その後、入院等バタバタしてました。
それに、あんまり私は乗り気でなくノラリクラリと一年を費やし、実家の尼崎と神戸を往復。

死のうとは思わなかったけど、生きたいとも思わなかった。
その仲間と居ることさえ、どこかで外れようとしていた自分がいました。
「もういい」
何かを求める気力がなかった。
ただ知人のお子さんは可愛い盛り。
そして内気なその子は後に離婚するお母さんの側でお母さんを子供なりに支え、耐え忍んでます。
その様子に何か出来ることはと思うようになりました。
そして神戸に住民票を移しました。
思えば、その頃の私の心の支えは仲間。
知人のお子さんとママしかり、知人のご夫婦。
今もそのメンバーが集います。