旧統一教会が遂げた発展は、日本人の献金によるものが大きいと言う。
なぜそこまで日本に浸透したのかは、朝鮮戦争後の共産主義体制と資本主義体制の構図に遡って理解すると、彼らが現在まで日韓の政治に深く関わっている現在の姿まで理解できる。
一方、エホバの証人の発展を、どう理解するか。
日本社会がなぜ現在までエホバの証人を許容し得たのかを、
戦後の急速な民主化と日米との関係性に沿って眺めると、外部からもよく理解できるのではないかと思う。
それは日本人の多くが欧米諸国の「聖書」からの裏付けある「資本主義体制」を見倣おうとした戦後史と重なる。
プロテスタントは伝統より、生き甲斐や使命により資本主義を支える思想とも言える。
実際、日本のエホバの証人の増加は70年代凄まじく、当時の日本支部のロイド・バリー氏は、後に
統治体の F.フランズ氏と並ぶ主要メンバーとなって、排斥と忌避・1914年解釈や教義変更の際に大きな発言権を持っていた事が「良心の危機」からも読み取れる。
以前の回顧録(現在非公開)にも書いたが、私は 87年ごろの本部ベテルの統治体メンバーの部屋に訪問しているのだが、バリー夫婦の部屋はブルックリンを見渡せる広々とした高層階の角部屋であった。
当時超高齢で視力の衰えた会長F.フランズに代わる、彼はおそらく統治体の中でもかなり重要なポストに現在いるのだと肌で感じた。
日本のエホバの証人の発展は本部統治体を支えていた。
戦後史と日米関係から、日本におけるエホバの証人の発展の歴史を見る事が、彼らの存在を理解する第一歩とも思える。
企業の社会的責任が問われるように、宗教の持つ社会的責任も同じく問われるべきであって、
米国発のエホバの証人が、日本で何をしたのか、問われて然るべき時期にとっくに来ている。
もう一歩、国も動いて欲しい。
まだ、支部への調査など出来ることはないのか、歯痒く思うのは私だけではないと思う。このままでは日本での児童虐待の歴史は隠蔽されていくだけである。
そして、、
エホバの証人の信仰を捨てた方々は自信を持って生きて良いと思う。
日本人としてのアイデンティティが叫ばれて久しい。攻撃的になる必要はない。
なぜ、統治体と呼ばれる「米国の本部」に絶対服従しているのか、そんな流れはどうやってできたのか、なぜ統治体のメンバーほぼ白人男性で占められているのか、なぜ戦後の日本でエホバの証人が急拡大したのか、現役の信者は内面の信仰をいったん横に置いて、客観的に歴史的に把握してみてはいかがかと思う。
そこに気がついた二世・三世は親たちよりよほど立派だと思う。
エホバの証人に見られるのも相互監視の村社会のような仕組み。これを解体する作業はひとりひとりが、組織の本当の姿を知ることから始めてみなければならない。子どもまでその組織の言いなりに育てていいのか。
「社会が宗教を支えている」
「その宗教が存在しても良いですよ、社会のためになっていますよ、と社会が認め存在を許して初めて宗教団体は存続できる」
この、櫻井義秀氏の言葉から、様々同意し独り言を書いた。
秋が急速に深まってきた。紅葉が見られるのももう少しだろう。体力をつけて冬を迎えることにしよう。温かい物が恋しい季節だ。