その日は10年来の東京のミスチル友人に誘ってもらって実現した遠征で、今までも何度もお世話になっている、大切な友人です。
で、結果論になりますが、当初友人がゲットしたチケットは、FC枠でのスタンディングチケ!
ただし第二希望の金曜日当選だったそうです。
こちらは金曜日でも土曜日でも遠征可能だったのですが、その友人の別の友人が「土曜日当選で、お子さんの都合で本当は平日ライブの方が良かった」とのこと。
当然お互いそんな情報がわかれば「交換します?」な話になるわけで!
自分達がライブ当日会場に着席するとそこは、着席指定席のスタンド席!
お子さんのこと考えてのエントリーだったんだろうね。純粋に均等交換したやつだからね(価格も枚数も同じで、友人同士のやり取りだから不正な感じじゃないよね?)
でもね。
今日「Mr.Childrenのナゴヤドームチケット届いた!スタンディングだーやったー!」とか、「なんでFCなのに自分スタンドなのー?ショック
」て声がツイッターであちこちから聞こえてきてね。ふと思ったんです。
もし東京ドームチケットが当初の予定通りで交換なしだったら、スタンディングだったけど、それだと「いまの自分なら辞退せざるを得ないよなー」と、ずっと悩んでたんですよね

まぁザックリ言うと「スタンディング入場の集合時間から、ライブ終わるまでずっと立ち見してる体力がない」程度に病人でしたから、その日は

一時は遠征事態も諦めかけてた。
「チケットの席番わかったら早めに教えて!」と普段は口にしないことを友人にメールしてた。
(体調のことは席番わかったら連絡しようと思ってた、誰かに権利譲る可能性とかも含めて)
でもね。
運良く
着席指定席だったんだよ!これって「巡り合わせ」なんじゃないのかな?
スタンディングじゃなきゃ「運が悪い」と嘆いてる人見てたら
「運が、悪いことって、そんなにダメなことなの?」って思った。
「運が良いことって、ホントにいいことなの?」
たまたまの巡り合わせでさえ、意味があって、もしかしたら「そっちのがなんか良い知らせとか、新しい出逢いとか
」あったりしないのかな?例えなくても
「はぁーまたダメだ」と落ち込んで、チケ見る度に暗くなる程度の「たのしさ」なんて、所詮その程度なんだと思うんだよね。
だったら「どんな些細なことでもラッキー
」て思えたら、また一日がハッピーになるよね。これがまた、難しいんだけどね。
落選した人よりはラッキーという理想論もありますが

落ち込むくらいなら
落選したひとにチケットお譲りなさいと

そんな友達がもし周りにいたのなら(通称がっかりさん)
行けない人の分までたのしむぜーて考えたり、お留守番の家族になにお土産買ってこうかなー?と調べたり、そんな些細なことで
少しは気持ちも晴れるはず

ものは気持ちの持ちよう、すべては捉え方次第だ!!
ファイナルライブまで10日あまり。
体調整えて、その日に向けて


そんなおはなしでした!

