遅くからこんばんは。
珍しく自分の人生を振り返っていたらこんな時間になっていました。


つい最近、普通の中の普通だと思っていた自分の人生とやらが「結構濃い」と自覚する機会があって。

どの時点で体と心の性別が決まったのかはわからないけれど、

神様が決めた頃?
自分でこの両親のもとにこうやって生まれるんだぜぃって決めた頃

からなのかな?

多分ちょっと変わってる人生をスタートしたんだなー。

そして多分アタシは記憶に無いちっこい頃から結構なやんちゃ坊主だったんだろうなと思いました。数多くの証言が物語っています。

生後半年で自らビールを請求するような変わった子だったそうですし、
癇癪起こして家中の手の届く食器を全部割ってきたそうですし、
無茶をしては怪我ばっかりしていたそうですし、
できないことがあるとできるまでやるといって言うこと聞かない子だったようですし

ですから親たちは相当苦労したと思います。
なんせ事あるごとに「あんたは何やってもダメなんだから無駄なことはするな」と言われ続けてきたので。今思えば「牽制」です。

気がつけば(今でも)それは体の芯まで染み付いていて、何かを始める前には「自分には無理だ」と決めつけて諦める癖がついていました。

ところが時折どうしようもない衝動が突き上げてきて、それを押さえつけながら自分は一体何をしているんだろうって思うようになって。

それを考えるのも面倒くさくなった頃、何も考えずに勢いだけで一歩踏み出してあとから盛大に後悔したりもしました。

社会人になってからは、周りの人とは違う心身の違和感から目を背けるように仕事にがむしゃらに突進していくようになりました。恋愛は比較的うまくいくタイプでしたが結婚とかちらつく頃には自分からぶち壊すというしょっぱい経験してきました。

そしていつ頃からか、最初から色々諦める癖はあるのに諦めが悪くって、ならばやってから後悔しようと。

そんなことをしてきて、体まで壊してしまったんだけれど、なんだかようやく過去を振り返ることができるようになるくらいには休憩できたみたいです。

そうそう。
ジェンダークリニックって独特で。
お仲間がたくさん診察にきてるんだけど、彼女さんとかと一緒で。
それを見るたびに仲間ともちょっと違う自分に落ち込んだりもしてたんだけど。
バカです。
どうしようもない馬鹿です。

でも喉から手が出るほど羨ましいと認めたくなかったんだと今は素直に思えます。

人を羨むと自分がしんどくなるって知ったときから、それは自然としなくなったのに、元の木阿弥的な。
でも自分の素直な気持ちを知ることができたから、結果的にはあの罪悪感とか妬みとか嫉妬とか色んな感情を味わえてよかった。
もう羨まない。

今まで自分でばら撒いた「種」が芽吹いたり芽吹かなかったり、いろいろだけど。
まだ芽吹いてないものもあるから。
なんの種をばらまいたのか、結果がわかるのはこれからの人生。
きれいな花かもしれない。枯れちゃったかもしれない。
でもどんなものでもいい。芽吹いてくれたらちゃんと鑑賞しようと思った。


できれば。
見渡す限り虹色の花が咲けばいいと思う。


山のような後悔の上に成り立っている今の人生を見てみると、どうしていいかわからないことだらけで、手探りで進んではいっぱい後悔して泣いていたあの頃よりたくさん笑ってる自分がいてよかったと思うから。


深夜のテンションってほんとやだねー