現在TVで放送中の、『残念な夫』というドラマをご存知だろうか。

生後7ヶ月くらいの赤ちゃんがいる夫婦に巻き起こる様々な問題をコミカルに描いたドラマ。
今の私達夫婦に取り巻く環境にぴったりである。

私達の愛娘は、4か月になりますますかわいくなってきた。
毎日よく笑って癒しを与えてくれる。
首が座ってきたと思ったら、寝返りができるようになった。
日々の成長は心から幸せな気持ちにさせてくれる。
赤ちゃんが生まれてきてくれて幸せいっぱいーー。
一方で、赤ちゃんが嘔吐して激しく泣いて泣き止まない。
いつもより体温が高い。
少しでもいつもと様子が違うととてつもなく不安になる。
特に日中に一人で対応している時は不安に拍車がかかる。
寝顔を見ながら今日も一日無事に過ごせたことにほっとする毎日。
また明日も平和に過ごせますようにと願いながら眠りにつく。
このような育児一色の毎日が忙しく過ぎていくーー。

ああこんなことを改めて振り返ったのも、言葉にしたのも、このドラマがあったからかもしれない。


このドラマの登場人物たちはすごい。
主人公は、何度も私の育児に対する想いをビタッと代弁してくれる。
主人公の先輩ママは、たった今、私が投げかけて欲しい言葉をくれる。
育児に消極的な夫は、放送の度にみるみる成長をみせてくれる。
そして、彼らの言動や台詞を聞きながら、私は涙が止まらなくなるのだ。
コミカルドラマなはずなのに。


先週、第2話の放送があった。

妻に結婚披露宴の招待状が届き、出席するかどうか迷っていた。
出席となると当然赤ちゃんを誰かにみてもらう必要がある。

そんな時、夫から気晴らしになるだろうから出席してきなよ、の一言。
なんとその日は一日赤ちゃんのお世話を一人でしてくれると言うのだ。
これまで一人で赤ちゃんをみたことがない設定の夫。

結婚式当日は当然てんやわんやだった。
オムツもごはんも終えてベッドに寝かせようとすると泣く赤ちゃん。
なにをしてもなかなか泣き止まない。
おろおろしながら、泣き止まないです、と119番に伝える夫。
小児科に着いた頃には赤ちゃんはすやすや眠りについていた。
疲れ果てて家路につく夫。

ーーしばらくして妻が帰宅し、夫は今日のことをこのように振り返った。

"泣いて大変だった。
大変だけじゃなくて、子どもになにかあったらどうしようって。
プレッシャー感じてヒヤヒヤして。
お前は毎日そのプレッシャー感じて辛いだろうなと思った。"

それを聞いた妻はこう呟いた。

"命を預かる重圧、感じたんだーー。
よかった。それ、感じてくれてよかった。"

そうだ。命を預かる重圧。
私はこの言葉を聞きながらなんと涙が出ていた。
それだ。私のこの4か月間がまさに表現されたフレーズだ。

生まれた日。
真っ赤な顔をして元気に泣く赤ちゃんを見てとても愛おしいと思った。
でも可愛いと感じれば感じるほど、プレッシャーが重くのしかかっていった。

退院したその日。
自宅でなにをしても泣いてしまい泣き止まない赤ちゃんを前に、オロオロしてなにもできなかった。
あまりに泣き止まなくてなにか病気なのではないかと本気で心配になり病院に行こうとして実母に止められた。
寝ている間に息をしているのか不安になって何度も目が覚めて確認していたこともあった。

作中の夫とまるで同じだった自分。
あの頃の自分を投影しているかのようなドラマの展開に共感し心打たれた。

ただ一つドラマと違うことは、私の旦那はドラマの夫とは違い育児にとても積極的だ。
仕事で疲れていても積極的に私をサポートしてくれる。
それでも私は不安やプレッシャーを強く感じてしまうのだ。
これまで私はなんとなくぼんやりとそんな自分の感情にネガティブさを抱いていた。


ーーでもそれは感じていいことだったんだ。
命を預かる重圧。
不安もプレッシャーも感じて当たり前なんだ。
それが親になったということなんだ。


ドラマを通して、
自分達と同じその夫婦の姿を見て、
そういうことなのだろうことを気づかされた。
そして、それが分かったとき、私の心はすっと軽くなった。

言葉というのは自分の置かれている状況によってまったく違う形に聞こえてくるから面白い。
きっと親になっていなかったらここまで深く心にささることもなかっただろう。

家族への感謝。
このドラマを見て、ありきたりだけど、そんなことも同時に思い起こさせられた。
忙しさにかまけて感じることを忘れてはいけないな。