「アユーダ(助けて)!」「アユーダ(助けて)!」
アタラヤという街からアマゾン川をイカダで5日かけて漂流した。
僕たち(僕とさいどん)はプカルパの港に着く直前、目の前の悪夢のような現実から逃れるため、助けを必死で求めるしかなかった。
思い起こせば、アマゾン川の上に居たこの丸5日間、想像もつかない自然の驚異にちっぽけな人間の僕たちは成すすべもなく、イカダの上に身を委ねて、川の流れに操られるマリオネットそのものだった。
その日々は、出発前にイカダの上で昼寝をし、寝返りを打った際にポケットから落ちていったiPhoneの存在を意図も簡単に忘れさせてくれた。

アマゾンの朝はよくスコールで目が覚めた。
雨の騒音で、日本に居る気持ちいい夢を破壊され、目を擦りながら、テントを開ければ、「あ、俺、アマゾンに居たんや」という現実に気付かされる。
5分あれば、30箇所は悠に刺してくる蚊の大群に襲われながら、やっとの思いで、岸からイカダを離し、川の流れに乗せるルーティンワーク…。
テントに戻ろうと、足の位置を代えると、雨でぬめったイカダの床(丸太)で足を滑らせ、アマゾン川へダイブ!
朝の始まりは、こんな感じで決してスイートとは言えないことが多かった。

日が登り始めると、時間と共にゆっくりと川を流れ、気づかぬうちに僕の肌も就職先をマサイ族に間違われるほど、黒さを増していく。
日中にすることと言えば、読みかけの小説を読むか、大嫌いな魚釣りをするか(暇すぎて)、
ゆっくりと雲を眺めながら、日本で楽しかった日々を思い出して、さいどんと話したり、
他は大概、時間を潰すために寝ていた。

イカダの周りではしょっちゅうというより、ほぼ24時間フルタイム出勤でイルカが「アー!アー!」叫んでて、イルカウォッチングとかいってイルカを見に行く人の動機が今ではもう、全く分からないほど。
たまには、ボーナスタイムで虹が現れ、興奮していたら、風が強くなり嵐が来て、激しい揺れに、耐震強度皆無のイカダの上で身を縮こめる。

18時半になると夜の始まり。なぜかその時間きっかしから蚊が大量発生し始めるからだ。
流木や岸、泳いでるイルカや他の貨物船にぶつかることへの恐怖、あと、スコールが降ることへの心配を除けば、アマゾン川の夜は静かで星と月が綺麗だった。
ある日、イカダを漕ぎながら夜空を眺めていると、目の前をコンドル?鷲?が物凄いスピードで飛んでいった。
その神秘的な光景はカメラにおさめることのできぬ、僕の瞬間世界遺産に登録された。
あの光景はずっと胸の内に包み隠してしまっておこう(もう言うてもうたけど)

毎日が同じでなく、時と共に流れ、変わり行くアマゾン川の日々に5日が経ち、
6日目のまだ辺りも暗い朝方。
僕たちの前方に星のような光の集まりが見えた。
「プカルパやああーー!」

待ちわびていたプカルパの街が目の前に見え、僕たちは安堵感を覚えたあと、胸を高鳴らせ、街にむかってオールを握る。
街に近付いてくると、光の正体がおびただしい数の船の照明だと分かった。
小さなボートから大きな貨物船までたくさんの船がプカルパの港には散らばるように止まっていて、イカダを着ける場所を定めるのには困難に見えた。
左斜め前方にイカダが着けれそうなスペースが広がっている岸を見つけ、僕らは、そこにむかって目一杯漕ぐ。
だがしかし、イカダは川の流れでどんどん右へと流されていく。
俺とさいどんの二人がかりで必死に漕いでも流れに徐々に押されていく。
このままだと、流れの先に見える船の集団に激突してしまう。
「助けて!助けて!」
さいどんが近くにいるボートに向かって叫んだ。

「助けて!助けて!」
だが、多くの船のエンジン音で、その声はアマゾンの闇に消されてく。
僕らの叫びとは裏腹にイカダは川の流れの思い通りに岸を通りすぎた。
そして、恐れていた光景が僕たちの目の前に現れた。
「やばい、ぶつかる!進路を変えるんや。」
さいどんはイカダの反対側へまわって、オールを必死に漕いだ。
「あかんわ!ぶつかる瞬間にオールで船を弾いて、イカダの角度を変えよう。」
俺は、オールを握って、さいどんに叫んだ。
いよいよとてつもなく巨大な黒船の船首が僕たちの目の前にそびえ立った。
「来るぞーー!!」
そして、それはほんの一瞬の出来事だった
僕たちは同時に、オールを巨大な貨物船に突き立てた。
だがそれは、日本兵が第二次世界大戦時、空を飛ぶアメリカの戦闘機B29にむかって、竹槍を投げるように不毛に終わった。
オールはかるく弾き飛ばされ、イカダはメキメキと粗大ごみの収集車が大きな家具を砕き潰すように、船底へ吸い込まれていく
そして、僕らもアマゾン川へと投げ飛ばされ、水中で散り散りになり、どんどん船底へと吸い込まれていく。
さいどんが無事なことを信じ、僕は今まで生きてきた中で使ったことないくらい全精力で水面へめがけ、水流に逆らって泳いだ。

そして、奇跡なのか僕は船の船首の下部に辺る水面で顔を出すことができた。
そこに挟まったイカダの屋根の破片にしがみつき、水流を受けながらも、何とか息をしながら、停留することができた。
「さいどーん!さいどーん!」
僕は目に涙を溜めながら、頭によぎる不吉な像を引き剥がし、見失ったさいどんを必死で呼んだ。
だが、返事は返ってこない。

もうどうしたらええんや
とんでもないことになってしまった
もし、さいどんが帰ってけえへんかったら、日本のみんなに何て言うたらええねん

「助けてー!助けて!ー」
僕はさいどんの名前を呼ぶと同時に、必死に助けを呼んだ。
すると、隣の貨物船の従業員が僕に気付き、何かを叫んでる。
しかし、その声はもちろん、スペイン語で僕には全く分からない。
しがみついてる腕の力が徐々に弱くなってきた。
この腕を離せば、即、水流にさらわれて、船底のスクリューのほうへ行き、イカダ同様、こっぱ微塵になるのが頭をよぎる。
「さいどーん!さいどーん!」
「助けてー!助けて!ー」
僕は何度も叫んだ。
隣の船の人がロープを僕に投げてくれたが、巨大な貨物船の船首のほぼ、根元付近にいる僕には全く届かない。

「ジョー!」
どこからか俺を呼ぶ声が聞こえた。
声の方を見ると、そのまた隣の船にさいどんが乗っていた。
溜まっていた涙が一気に溢れだした。
「ほんまによかった。ほんまにほんまに生きててよかった。」
パスポートもカメラもデータもお金も全てイカダと共に流れてったけど、もうそんなことはどうでもいい。さいどんが生きていてくれたことが何よりも嬉しい。
さいどんの横にいた人たちがロープ付きの浮き輪を僕に投げてくれた。
さっきより、距離の近い場所からだったため、それが僕に届き、僕は必死でしがみついた。
そのまま、船の上に居る大人3.4人がかりで僕は吊り上げられた。
船の上に上がるはしご付近まできても、僕は自分ではしごを掴んで上がる力は残っていなく、最後の船の上まで、その人たちに上げてもらった。

船の上では、沢山の人達が僕ことを見守ってくれていた。
それはまさに映画「海猿」で広がるような光景だった。
紛れもなく、その船の従業員たちに僕たちの命は救われた。
その恩人たちに案内され、自分達の身柄以外、全て失った僕たちは、船の中で温かいコーヒーとパン、そして、着替えをもらった。
「グラシャス!グラシャス!」
涙ぐんだ声で、数えきれないほど、その言葉を繰り返し言った。
明るく気さくで、時に冗談を交えながら、僕たちのことを想い、心配してくれて、思い付く限り、何かケアしようとしてくれてることが、言葉が分からずとも分かった。
さいどんはというと、聞けば、そのまま水流に流され、イカダもろとも船底へ沈み、窒息死寸前で水面へ這い上がり、その船の人に救助されたみたいだ。
幸い、僕たちがぶつかった船はその時、エンジンが停止状態でスクリューも止まっていた。
もしも、スクリューが作動していたら、2人とも即死だったろう。

そのあと、船の人達が周りの船の人にも呼び掛けてくれて、大きな貨物船が何隻も動き、沈んだ僕たちの荷物の一斉捜査が始まった。
人って、なんて温かいんだろう。沈んだ僕の心臓がぐっと持ち上がった瞬間だった。
それと同時にその光景を見て、とんでもなく大きな事故を起こしたんだと認識した。
そして、数十分後、船員の人たちにニヤニヤしながら、呼ばれ、もう明るくなった外へ行ってみると、僕たちの荷物がそのまま全てそこにあった。
パスポートもカメラも現金も着替えも、アマゾンの水でびしょびしょではあるが、奇跡的に無事で救助された。
これには、俺とさいどんもかなり驚き、がっつりハイタッチした。
船の従業員達も自分事かのように僕たちと共に喜び、一つ一つ荷物を見て、興奮する僕たちを見て、笑顔で祝福してくれた。
この時、僕は日本に帰ったら、この人たちみたいに、目の前の困っている誰かの役に立てる心の広い人間になりたいと心に誓った。
あなた達のことを一生、忘れません!
あなた達は僕らに命の大事さを教えてくれました。
どんな状況でも絶対に生きてやると覚悟を持っていても、それは不意にやって来た。
今回の事故で命あることの、喜びを痛感しました。

現にこの時から、日差しが心地よく感じるんや。
そして、また今日が始まることがこんなにも嬉しく思えたことがあるだろうか。